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乙武洋匡氏が語るオリ・パラの新しい形「健常者とパラアスリート混合大会はアリか」

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義足技術の進化を目の当たりにしている乙武洋匡氏は、「近い将来、パラリンピアンがオリンピアンの記録を次々と塗り替える時代が来るかもしれない」と話す。今後のオリンピックとパラリンピックの在り方とは――パラスポーツの発展に必要なことは――、乙武氏独自の視点から語ってもらった。 (インタビュー=岩本義弘 撮影=軍記ひろし)

オリンピックとパラリンピックを分ける意味は?

――乙武さんの義足プロジェクト「OTOTAKE PROJECT」の動画(https://vimeo.com/300902391)を見て、技術の進歩に衝撃を受けました。将来的にパラリンピックは「ロボコン」のような技術を競う形になっていくかもしれないですね。 乙武 「“世界一速い男”を見たいなら、パラリンピックを見てください」、「生身の肉体の勝負を見たい人は、オリンピックを見てください」。そういったすみ分けになってくる気がします。 ――以前から乙武さんは、オリンピックとパラリンピックを分けずに「一緒に実施した方がいいのではないか」と主張されています。その意図を教えてください。 乙武 そもそも、オリンピック競技である柔道では、体重により階級が分かれています。理由は、60キロの男性が100キロ以上の男性と柔道で勝負をしても、よほどのこと、何かアクシデントが起こらない限り、60キロの男性が勝つのは難しい。「体重や体格が違えば、当然、体重が重い方、体が大きい方が有利です。せめて体重別である程度条件をそろえて、同じルールの同じ競技をやりましょう」ということだと思うんです。であれば、他の競技も同じで、例えば100メートル走は、100メートルを自らのベストを尽くして走りきるという競技において、健常者の部、視覚障がいの部、義足の部、車いすの部とレースを同じ大会で実施するのと、体重を分けて柔道の大会を行うのと何が違うんだろうと考えると、私にはあまり違いがなく感じられるんです。であれば、オリンピックやスポーツ大会を男性の大会と女性の大会と分けてもいいはずですし、30歳以下の大会と31歳以上の大会って分けてもいいはずです。今は障がい者と、健常者の大会とに分けられていますが、その点に必然性はないのかなと思います。 漫画家・井上雄彦先生の車いすバスケを扱った漫画『リアル』(集英社)の影響もあってか、健常者の大学生が車いすバスケのサークルを作っていると聞きます。車いすバスケは当然、パラリンピックの競技ですが、同じく道具を使ってやるスポーツであるスノーボードはオリンピック競技です。スノーボードをやる時に板を使ってスポーツをするのか、車いすを使ってスポーツをするのか、それだけの違いですよね? ところが、大会上はスノーボードを使うとオリンピックになって、車いすを使うとパラリンピックになる。大会が分かれてしまう差って何なんだろうと、考えれば考えるほど、境界線って曖昧だなと思うんですよね。そう考えたら、分けている意味がないと考える方が、むしろ自然だと思うんですよ。 ――スノーボードだけでなく、スキー、カヌーなど、道具を使う競技すべてが生身ではないということになりますよね。 乙武 オリンピックとパラリンピック、健常者の大会と障がい者の大会と分けるならば、何も道具を使わない純粋に肉体だけのスポーツと、道具を使うスポーツという分け方にしてもいいかもしれない。

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