水谷利権をめぐる20億円の裏金捜査のはずが… 福島県知事汚職事件が特捜の“大汚点”となった顛末
収賄額0円の有罪判決
ところが、ここから特捜部の捜査は迷走する。とりわけ窮地に陥ったのが、逮捕後の公判だ。地検の事情聴取で収賄を認めた佐藤側が、土地売買の賄賂性について争うようになる。佐藤側の代理人として法廷に立ったのが、元名古屋高検検事長の宗像紀夫だった。 東京地検特捜部長時代にゼネコン汚職捜査の陣頭指揮をとった宗像は、土地の購入価格そのものが通常の取引相場と変わらない、と反撃に出る。手強いヤメ検弁護士を相手に、検察側は公判で大苦戦を強いられていく。 問題は土地の価格だった。検察側は郡山三東スーツの土地の時価を8億円だと見て、実際の取引価格9億7千万円との差額1億7千万円を賄賂と認定した。一方、弁護側はテナントの賃料やその後の転売価格などから、9億7千万円が相場どおりだと反論する。そうして公判は全面対決の様相を呈した。形勢はやはり検察側に分が悪かった。 08年8月8日、東京地裁は兄の佐藤栄佐久に懲役3年、弟の祐二に懲役2年6カ月の有罪判決を言い渡したが、いずれも執行猶予5年がつく。それでもなお不服とした知事側は控訴し、1年後の09年10月14日に改めて東京高裁の判決が出る。その結果は栄佐久が懲役2年、祐二が1年6カ月の有罪となる。ともに1年も減刑されたうえ、問題の賄賂性については事実上の金額をゼロとした。
水谷功の本当の狙い
東京高裁は土地を現金化できたことが賄賂にあたる、と辛うじて収賄行為そのものを認めたものの、検察側にとっていかにも厳しい裁判所の認定である。そうして、この福島県知事汚職事件は、いまや大きな捜査の汚点の一つに数えられるまでになってしまう。 ただし、水谷功が見返りも期待せず、土地を買い上げてやるほど人がいいか、といえばそうではない。 「もともと知事に近づこうとした目的は、木戸ダムの受注だけではない。それよりむしろ、原発における知事の立場が問題だったのではないでしょうか。福島では第一、第二ともに原発事故を引き起こしてきたうえ、測量データの改竄問題まで起きました。この間、東電は発電所の運転停止に追い込まれた。東電としては、青森・六ヶ所村の核燃料再処理施設やプルサーマル計画を立ててきました。しかし、福島県の佐藤知事は原発反対に転じ、プルサーマル計画をストップした上、県内の原発運転再開の目途すら立たなかった。東電が弱り果て、そこからいろんな動きがあったのだと思います」 そう解説するのは、ある検察OBだ。ここで、東電の相談相手であるフィクサー、白川司郎の存在が浮かんだ。水谷建設が福島第二原発で残土処理を引き受けたのも、白川をとりまくこのあたりの事情と無縁ではない。福島県知事の捜査について、原発反対の福島県知事を狙い撃ちにした東京地検の国策捜査だという評判も立った。だが元来、知事に対する特捜部の見方は違った、と検察OBが続けた。 「水谷建設を脱税で摘発した当初の特捜部の狙いが、東電がらみにあったのは間違いありません。そこでは水谷が原発反対の知事を懐柔するため、知事に近づいたという事件の見立てだった。捜査の成果はともあれ、実はその見立てのほうが正しかったのではないでしょうか」 しかし結局、東電への捜査は沙汰やみになり、事件は水谷と知事側との不可解な土地取引という賄賂へ矮小化されてしまう。しかも結果的に知事の汚職事件における賄賂性はずいぶん薄まった。 水谷功の土地買収が、知事に見返りを期待していなかったわけではない。水谷功は策をめぐらせ、必死に建設業界の暗流を泳いできた。そこから魑魅魍魎が顔を出してきた。 【後編を読む】 腹にぐるぐる巻きにしたさらしに二丁のピストルが… 小沢一郎への裏献金を証言した水谷功とやくざの“蜜月” へ続く
森 功/文春文庫