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『僕の心のヤバイやつ』市川と山田の“渋谷デート”を考察 ファッションや街の描写から見えたもの

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リアルサウンド

 一コマ一コマに登場人物たちの登場人物の繊細な心理描写があり、その考察の面白さでもSNSを湧かせているラブコメ漫画『僕の心のヤバイやつ』の最新話「Karte.45 僕は待ち合わせをした」が、5月19日に公開された。前回「Karte.44 僕らはLINEをやっている」でようやくLINEを交換した市川京太郎と山田杏奈が、今回は渋谷のハチ公前で待ち合わせ。慣れないデート(?)にそわそわする二人の様子がなんとも甘酸っぱく、今回も読み解きどころがいっぱいだ。本項では、筆者が気づいた点を指摘していきたい。(※ネタバレを含むため、まだ未読のかたは先に『マンガクロス』にて最新話を是非ともチェックしてほしい) いつも何かを食べている山田が表紙の『僕の心のヤバイやつ』1巻  山田から漫画の続きを借りることとなり、待ち合わせをすることになった市川だが、指定された場所はなぜか渋谷のハチ公前。一コマめに描き込まれたLINEのやりとりを見ると、どうやら深夜までやりとりしていた模様だ。市川の「もう今日」に続く言葉は十中八九「寝る」だろうが、対する山田のLINEは「明日」「渋谷ハチ公前」と単語のみながら、夜中の妙に高いテンションが感じられて可愛らしい。鈍感な市川は「なんで渋谷なんだ」と訝るのだが、どう考えても漫画を口実にデートに誘われたのである。  とはいえ深層ではワクワクの市川は約束の約30分前には現地へ。ふと辺りを見回すと、めちゃくちゃに気合いを入れた“デートファッション”の山田が目に入った。山田もまた、楽しみすぎて早く着いてしまったのだろう。しかし、市川までこれほど早く来るとは予想しなかったようで、いつも通りにパンをもぐもぐ食べ始める。なにもかもが圧倒的に可愛らしく、この時点でページをめくる手が止まってしまった読者も少なくないはずだ。  そんな山田に声をかけることができず、彼女の周りを犬のようにぐるぐる回ることで気づかれようとする市川。山田は不審なナンパ男を見るかのような冷たい目で一瞥するが、市川だとわかるやいなやパッと表情が輝き、「あ」と一言。そして、パンを急いで食べたと思いきや、急に口紅を取り出して塗り、「そうだ!! …行きたいところあるんだけど…行く?」と、実に不自然な流れで二人はパンケーキを食べに行くことになるのだった。  今回、筆者が特に素晴らしいと思ったのは以下の3点だ。  まずは二人のファッション。迷彩のN-3Bのフードを被り、黒のマスクまでして絶妙に中二感を出しつつも、ストリート感があってなんとなく渋谷に馴染む市川のファッションは、本人が気づいた通り不審者っぽさはあるものの、思いのほかダサくなくてホッと一安心させられる。インナーはちょっとしまむら感もあるが、市川には似合っているので良いだろう。対する山田はいわゆる赤文字系の甘めなコーディネートで、気合いの入った“デート服”であることは一目瞭然。アシンメトリーにセットした髪型は、市川とお揃いを意識したのだろうか。さすがモデルをやっているだけあって質の良さそうなものを着ているが、漫画を入れた袋を手に持つあたりにちゃんと中学生感があり、とても好感が持てる。二人のファッションはチグハグだが、それがすべて初々しさの象徴となっているのが憎いところだ。  多くの読者が感銘を受けたであろう、漫画の袋を二人で持つシーンも指摘したい。手提げの片方ずつを持ち、山田が「これではぐれないね」と笑顔を見せるシーンは、今回のハイライトと言えるだろう。背景のカップルが手をつなぐ様子と重ねて描き、暗示的に二人の心の距離を表現するあたり、さすがは桜井のりお先生である。  丁寧に描かれた渋谷の街の風景も、注目したいポイントだ。二人が訪れた『王様のブランチ』で紹介されたというパンケーキ屋は、場所と地下に降りるというところから推察するに、『ESPRESSO D WORKS』だろうか? 筆者は同店の恵比寿店に行ったことがあるが、かなり大人っぽく洗練されたカフェなので、もしも二人があの店に行ったとなるとだいぶ心配である……店が特定できた方がいたら教えてほしい。なんにせよ、渋谷の街の空気感を、行き交う人々や店の構えからも感じられる描写は、自粛生活が長引いている今、一服の清涼剤となりうるものだった。最後の1コマ、109に掲げられた『攻殻機動“団”』の大型広告も、緊急事態宣言が発令される直前の渋谷を思い出させられた。  新型コロナウイルスの影響は、フィクションの世界にも及んでいる。現実の世界を舞台とした漫画は、新型コロナを踏まえた描写にするか、そもそもないものとしてパラレルな世界を描くか、世界線をどう捉えるかが課題となっている。どちらが正しいというつもりはないが、日常を描くほのぼのとした漫画こそ、すでに変わってしまった甘くない世界とどう向き合うか、作家の姿勢が問われているのは間違いないだろう。  不器用な中学生二人の恋愛模様を、その日常の描写とともに切り取った『僕の心のヤバイやつ』は、その意味でもさらに注目すべき作品と言える。

松田広宣

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