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大会での勝利という美しい「呪縛」から、逃れることはできるのか。“withコロナ”と学生スポーツについての考察

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Tarzan Web

錦織圭も在籍していた最高峰のスポーツ教育機関「IMGアカデミー」。2019年末までアジアトップを務めた田丸尚稔氏が語る、「#スポーツを止めるな2020」というムーブメントについて。

“withコロナ”と学生スポーツ。

新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言も解除され、感染者の数が増減を繰り返しつつもゆるやかな波になってきたようにも思うが、スポーツイベントの在り方は日々、状況が変わっている。少なくともワクチンが普及するまでは“withコロナ”が前提で実施していくことになるのだろう。 そんななか、インターハイや甲子園など、学生を対象にした大会が相次いで中止され、それを受けてラグビーを起点として始まった「#スポーツを止めるな2020」というムーブメントに目が留まった。 大会が行われないことで、大学など選手をリクルートする活動が止まることを受けて、SNS上での情報発信からスタートし、その活動がラグビーから他の競技にも広がり、やがては代替となる試合や大会を開催する動きが展開されるようになった。 高校生のスポーツ活動の集大成となるはずだった大会の中止に、気落ちし、涙を流した学生たちが多く報道されていたなか、まったく同じ状況には戻らないものの、一筋の光が見えるムーブメントなのだろうと思う。

中止ごときで「スポーツは止まらない」

私個人としても、ムーブメントには賛同する。高校時代はテニス部に所属し、顧問はテニス経験がないという状況のなか(誤解されたくないが、顧問はテニス自体には関わらなかったが、活動にはとても好意的で生徒は信頼していた。また、日本の部活動の半数近くの指導者が競技経験はないというデータもあり、課題であるのは間違いないが一般的な状況でもある)、チームの仲間と工夫し、連帯し、春の選抜大会やインターハイに出場した経験は(私は団体戦に参加し、とても上手なチームメイトが勝利して“連れていってもらった”というのが正確な状況だったけれど、それでも)人生を左右する大きな経験だった。 だから、スポーツを止めないための活動に対して基本的にポジティブに捉えているのだが、ある日、実際に部活動に取り組む学生の反応を耳にした時には、小さくない驚きを覚えることになった。試合の機会があるかもしれない希望が出てきたことに関して、「はあ、って感じです」という言葉。嬉しくも悲しくもない“やれやれ”感が滲み出ていたのである。 考えてみれば、至極当然のことだと気付く。 全員が全員、レギュラーになれるわけでもない。部活動に対してネガティブに感じている生徒もいる。大会の中止に涙する選手がいる一方で、どこかほっとしている学生もいる。大会がすべて(あるいは勝利至上主義)ではなく、活動の中にある努力や成長、チームの連帯こそが大事だったりする。 大会の重要性は理解しつつ、「#スポーツを止めるな」ではなく、中止ごときで「スポーツは止まらない」と言い切れる、本質的な強さがないことに課題があるかもしれない。そして自分も含めて、大人が抱く「美しい思い出」が、ただの「思い込み」として子供たちに押し付けられていやしないか、とも思ってしまったのだ。 スポーツではないけれど、さいたま市の小学校で、生徒およそ10万人がコロナ禍で活動する医療従事者に向けて拍手をする、という催しがあった。全員に「すばらしい」と称賛させ、一様にやらせる方法に違和感を覚えるのも、課題の根本は同じかもしれない。

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