凱旋帰国の井上尚弥が語った英国衝撃TKO劇の真実と今後
ゴングと同時にロドリゲスは想像以上のプレスをかけてきた。 真吾トレーナーは「向こうが作戦を間違った。もう少し巧さと距離をしっかりとやられたらすぐには終わっていない。必要以上に前に出てきてくれたから早く終わった」という。 「ノーモーションでタイミングが読み辛い」というジャブの差し合いに手こずりカウンターの応酬は互いに空を切った。右のストレートの距離も潰されたが、下がりながらも井上はラウンドをコントロールしていた。そして、その3分で「倒せる」という感触をつかむ。 「相手が出てきたこともあり、左フックが当たる距離になった。いつか左フックで倒せるなと。距離を取られて、パンチがなかなか当たらない距離なら手ごたえはつかめなかった。接近戦だから当たれば倒せる感覚がつかめた」 結果的にフィニッシュに導く左が当たるという確信を得た。 コーナーに帰ると真吾トレーナーに「相手のパンチは大丈夫」と語った。その1分間のインターバルで真吾トレーナーは「じゃあリラックスしていこうよ」とアドバイスを送った。 2ラウンドに入ると、井上は重心を落とし、膝の動きを軟らかくリラックスさせて前後にステップを踏んだ。 ――なぜ前後へステップを? 「1ラウンドに凄くプレスをきつくかけてきたので勢いづかせてはだめだと。重心下げ(相手を)抑える形にした。前後に動かないと(1ラウンド以上の)接近戦になる。自分の距離をキープするためです」 自分の距離を作り確信していた左でIBF王者を破壊した。 しかも、そこには、さらなる工夫があった。 「たぶんフックじゃないんです。クリーンヒットさせるにはガードが高い。だから中(内側)から入れた」。井上は、そのねじこむように内側から伸ばした左の腕の動きを再現してくれた。 確かにフックの軌道ではなくショートのストレートである。 真吾トレーナーが補足した。 「昔から、あればっかり練習していたパンチ。ドネアのタイミングを盗んだ左」 決勝の相手であるドネアは井上の憧れの人である。 「高校卒業からプロデビューするくらいですかね。モンティエル戦の左フックは、めちゃくちゃ勉強した。距離感も盗んだ」 2011年にドネアは、長谷川穂積との事実上の統一戦にKOで勝ったフェルナンド・モンティエル(メキシコ)を“フラッシュ(閃光)”と評されるカウンターの左フックで2回に沈めているが、そのタイミングを必死にコピーしていた。実際、ドネアに2、3回会って、直接アドバイスを受けたときにも、その極意を学んだ。 リングサイドで井上の試合を見たドネアは「井上はやらなければならないことをやった」と言ったが、その左が自らのタイミングだったことに気づいたのかもしれない。 その一発目のダウンで真吾トレーナーは「もう立ってくれるな」と思った。そして、そのダメージの様子から判断して「これまでならまだ様子を見て行こうと言っていたが、もう“行け!”とゴーサインを出した」。井上が選択したのは、ボディへの左、右のコンビネーション。えぐるような一撃だった。実は、これも2人が狙っていたロドリゲスの弱点だった。 「腹が薄い。タイミングよく当たれば効くと。詰め方も良かった」 両手をついてダウンしたロドリゲスは、鼻血を出し顔をしかめた。泣き顔でセコンドを見てクビを横にふった。ギブアップのサインだったが、真吾トレーナーに喧嘩をふっかけたクルス・トレーナーには意地があったのだろう。 「立て!」。試合続行をジェスチャーで示していたという。 嫌々立ち上がったロドリゲスにまた左ボディが襲う。ロドリゲスは、悶絶して3度目のダウン、そして、また立たされたが、もうファイティングポーズは取れなかった。