ECBのラガルド総裁の記者会見-Magic language
金融政策の運営
ECBは25bpの利下げを決定したが、声明文では、ディスインフレの過程が適切に進捗しているとの見方を示すとともに、足元の経済指標が下方のサプライズとなった点を認めた。また、企業収益によるバッファーもあって、労働コストによるインフレ圧力は緩やかに減退するとの見方を維持した。 ラガルド総裁は、金融政策を判断する上の3つの要素に関する評価-インフレ見通し、基調インフレの動向、金融政策の波及効果-に照らして、25bpの利下げを決定したことを説明した。その上で、インフレ目標の達成に必要な期間にわたって十分に引締め的な状況を維持し、今後も毎回の会合でデータ依存による政策決定を行うとの方針を確認した。 質疑応答では、景気減速を踏まえて50bpの利下げは検討したかとの質問があったが、ラガルド総裁は、想定以上の景気減速であったが、執行部による25bp利下げの提案が全会一致で支持されたと説明し、現時点での政策決定の適切さを主張した。 また、複数の記者が次回(12月)以降の利下げを質した。 ラガルド総裁は、物価や景気に関する多くの指標が同じく下方を示し、ディスインフレの過程の進捗を示唆したことが今回の利下げの理由である点を確認した。 その上で、次回(12月)に向けても、今後に公表される多くの指標をもとに同様なチェックを行う方針を確認し、政策決定に関するコミットメントや声明を事前に行う考えはないとして、次回会合での政策決定に関する具体的な言及を避けた。 また、複数の記者が、インフレ率が目標を下振れる可能性を含めて、ECBがインフレ抑制に成功したとの議論を展開した。 ラガルド総裁は、物価の先行きについては上下双方のリスクが残るとの見方を確認しつつも、下方リスクがやや大きいとの見方も示唆した。また、ECBはインフレ抑制に成功しつつあるが、まだ完了していないとして、特に消費動向に影響を与える要素として食品のインフレ率が依然として高い点を指摘した。 このほか、複数の記者が中立金利の問題を取り上げ、ECBは中立金利を不透明としている以上、金融引締めの度合いを適切に評価しうるかといった疑問が示された。 ラガルド総裁は、まず、今回の利下げが上記の3つの要素の判断に基づ く金融政策の調整 (calibrate) であって 、再調整(recalibrate)ではないと説明し、中立金利の推計等の前提を変えたわけではないことを示唆した(筆者注:FRBのパウエル議長によるrecalibrateという表現を意識したもの)。 その上で、金融政策を十分に引締め的な状況に維持するとの声明を"magic language"と表現したほか、この声明は中期的に2%のインフレ目標をタイムリーに実現するという決意と関連していると説明し、中立金利は事後的にしか判明しないとの理解を再度示唆した。 井上哲也(野村総合研究所 金融デジタルビジネスリサーチ部 チーフシニア研究員) --- この記事は、NRIウェブサイトの【井上哲也のReview on Central Banking】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
井上 哲也