今年だけで10冊以上、「性教育本」が出版ブーム 背景にある教育への不安
子どもが小さい場合、「どこまで話していいかわからない」というのもよくある悩みだ。みさとさんはこう話す。 「リミットはありません。子どもが知りたいと思うところまで話してあげてください。飽きたらそこでやめればいい。本来子どもにとってはセックスも自然科学なんですよね。科学的な態度で淡々と伝えてあげればいいと思います」 みさとさんとたかおさんのところには、全国からワークショップやセミナーの依頼が次々に舞い込む。それぞれ産業医、病理医として働きながらの活動になる。 「ただね」とみさとさんが言う。 「ワークショップに参加したり、本を探したりする保護者の方たちは、放っておいてもちゃんと(子どもへの性教育を)やるんですよ。問題はそういう環境にいない子どもたちです。だから学校が大事なんです」
文科省の「生命(いのち)の安全教育」
文部科学省は2021年4月から、「生命(いのち)の安全教育」という新しい授業を、幼稚園から大学までの各段階で導入する方針だ。具体的な内容は検討中だが、プライベートゾーン(水着で隠れる部分)を他人に見せないことや、デートDVの危険性、SNSで人と出会うリスクなどを教えるとしている。 ただし、「生命(いのち)の安全教育」は「性犯罪・性暴力対策」の側面が強い。相変わらず性行為には触れないし、「性教育」という言葉も使われていない。 ガイダンスの訳者の一人で、埼玉大学教授の田代美江子さん(58)は、「日本の性教育のイメージは『包括的性教育』へとアップデートされるべき」と説く。 「『生命(いのち)の安全教育』は『性教育』とイコールではありません。包括的性教育は、性をポジティブにとらえるものです。子どもや若者が、年齢や発達段階に応じて、性や生殖についての正しい知識を身につけ、ジェンダーやセクシュアリティーといった社会規範がどのように人生に影響するかを学んでいく。それによって、自分自身をかけがえのない存在だと思えたり、他者の権利を認めて尊重できるようになったり、まわりの人たちといい関係を築くことができるようになったりする。そういうことなんです」
古川雅子(ふるかわ・まさこ) ノンフィクションライター。栃木県出身。上智大学文学部卒業。「いのち」に向き合う人々をテーマとし、病や障がいを抱える当事者、医療・介護の従事者、科学と社会の接点で活躍するイノベーターたちの姿を追う。著書に『きょうだいリスク』(社会学者・平山亮との共著、朝日新書)