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ブラジル代表、ストライカーの系譜。怪物に皇帝…ゴールに愛されたカナリア軍団のエースたち

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フットボールチャンネル

 ブラジル代表のストライカーといえば、誰もが思い浮かべるのは元祖“怪物”のロナウドだろう。大五郎カットでも注目を浴びた日韓ワールドカップでの活躍が象徴的だ。しかし、彼の時代が終わった後にも前線でゴールを決める最も重要な役割を任された名手たちがいる。今回は通算5度のワールドカップ優勝を誇るカナリア軍団のエースとして世界の舞台に立った名ストライカーたちの系譜を振り返る。

日韓ワールドカップ(2002)

ロナウド(インテル) 生年月日:1976年9月22日(当時25歳) 個人成績:7試合出場/8得点1アシスト  1998年フランスワールドカップでブラジル代表を決勝に導き、大会MVPも獲得した“怪物”は、自身3度目のワールドカップで異次元の活躍を披露した。負傷明けという懸念を吹き飛ばし、7試合に出場して8得点。準々決勝のイングランド代表戦を除く全ての試合でゴールネットを揺らした。  決勝のドイツ代表戦では、それまで1失点しか許さない驚異的なプレーを見せていたGKオリバー・カーンから2得点を奪う。ワールドカップでの通算得点数でも、伝説的FWペレと並ぶ「12」にまで伸ばした。  もちろん大会MVPに輝き、2002年のFIFA年間最優秀選手にも選ばれている。ロナウドにとって自身2度目のワールドカップ優勝、そしてブラジル代表にとって5度目のワールドカップ優勝の立役者となり、世界最高のストライカーとしての価値を存分に証明した。 ●決勝・ドイツ戦の先発メンバー ▽GK マルコス ▽DF ホッキ・ジュニオール エジミウソン ルシオ ▽MF カフー ジルベルト・シウバ クレベルソン ロベルト・カルロス リヴァウド ロナウジーニョ ▽FW ロナウド

ドイツワールドカップ(2006)

ロナウド(レアル・マドリード) 生年月日:1976年9月22日(当時29歳) 個人成績:5試合出場/3得点1アシスト  自身4度目のワールドカップは、体重増加からくるコンディション面の不安なども抱えていたが、グループリーグ第3戦の日本代表戦で2得点を奪って懐疑論を払拭。決勝トーナメント1回戦のガーナ代表戦でもゴールを挙げ、元西ドイツ代表のゲルト・ミュラーが持っていたワールドカップでの通算得点記録を「15」に塗り替えた。  だが、ロナウドのブラジル代表でのキャリアはこの大会を最後に事実上の終わりを迎える。ドイツワールドカップ後に就任したドゥンガ監督の構想から外れたためだ。2011年6月には再びブラジル代表招集を受けてルーマニア代表との国際親善試合に出場したが、これはロナウドの引退試合だった。  現役引退後は代理人に転身し、2018年にはスペインのバジャドリーの株式51%を取得して最大株主となって同クラブの会長にも就任している。 アドリアーノ(インテル) 生年月日:1982年2月17日(当時24歳) 個人成績:4試合出場/2得点0アシスト  インテルでエースストライカーとしての地位を築き、ブラジル代表ではコパ・アメリカ2004と翌年のFIFAコンフェデレーションズカップで得点王と大会MVPを獲得。キャリア最高の時を迎えようとしていた。  一方でアドリアーノは父の死をなんとか乗り越えようともがいてもいた。2006年のドイツワールドカップではロナウドとコンビを組んで4試合に出場したが、2得点と期待されたほどの結果を残せず。この頃から私生活でのトラブルや度重なる負傷にも悩まされ、クラブでの成績も急激に下降していった。  当然、代表招集も散発的になっていき、主要国際大会への出場はドイツワールドカップが最後に。キャリア晩年は放蕩ぶりがたたってコンディションが全く整わず、短期間で所属先を転々とした。2016年にアメリカ4部相当のマイアミ・ユナイテッドFCと契約したのを最後に現役引退。  その後はリオデジャネイロのファベーラ(貧民街)に住んでいることも明らかになったが、ジーコ氏主催のチャリティーマッチなどで元気な姿を見せるようにもなった。2017年末の試合ではかつてプレーしたマラカナンのピッチに立ち、集まったファンから大歓声で迎えられる感動的な一幕もあった。 ●ラウンド16・ガーナ戦の先発メンバー ▽GK ジダ ▽DF カフー フアン ルシオ ロベルト・カルロス ▽MF ゼ・ロベルト エメルソン カカー ロナウジーニョ ▽FW アドリアーノ ロナウド

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