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天国はつまらなくあってほしい

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Book Bang

主人公の祐(たすく)は、とある「島」出身の若い女性。島の特徴は、珍しい夏みかんの栽培と、「しゃもぬま」という、小さな馬のような生き物がいること。 しゃもぬまは、自らの死期が近づいたとき島の人間をひとり選び、一緒に天国に連れて行ってくれることがあると信じられ、神聖視されている。ある日、島を離れて生活している祐のもとへ、なぜかしゃもぬまが現れる。困惑しながらも受け入れる祐だったが、島にいた頃の親友・紫織(しおり)やその「家族」を巻き込んだ不穏な空気に揺さぶられていく─。 第32回小説すばる新人賞を受賞した上畠菜緒さんの『しゃもぬまの島』は、民話的な要素に複雑な人間ドラマが絡み合っていく異色の幻想譚。選考委員の心を射抜いた「しゃもぬま」の奇妙なリアリティの秘密をはじめ、そのしなやかな想像力の背景についてお話を伺いました。

「しゃもぬま」から物語ができあがった ─ 今回の「小説すばる新人賞」の選考会は例年以上に熱い議論が交わされたとか。選評で宮部みゆきさんが本作について「ラジカルな爆推し」と表現されていたのが印象的でした。いうなれば、「しゃもぬま」という不思議な生き物のリアリティが読者の胸のうちにたちのぼった時点で勝ちだった作品ではないかと。  確かにしゃもぬまには助けてもらいました(笑)。実際に小説を書こうと思ったとき、最初にしゃもぬまの姿が映像で浮かびあがってきて、その生き物の特徴について考えているうちに、島という環境や、そこに住んでいる人びとの姿があとから浮かんできました。しゃもぬまを中心に小説の中の生態系ができあがっていったんです。  天国に行ける生き物を描こうと思ったとき、そのファンタジーな部分と対比させるために、どう人間を描いたらいいかと考えました。天国も地獄も、この世に生きている人があって初めて存在するものだと思うので。そこで主人公の、ちょっと境界にいるようなキャラクターがたちのぼってきたんです。夢の世界と現実を行き来するような人を書くことで、しゃもぬまがより輪郭を持つのでは、と思いました。 ─ 主人公の祐は、島を出て編集者の見習いのようなことをしながら生計を立てているものの、過酷な労働環境でモラハラ上司に消耗させられているせいか、ひたすら無気力に毎日を過ごしています。ところが唐突にしゃもぬまが現れたことで、ただぼんやりと重苦しかった日々にさまざまな亀裂が入っていく。しゃもぬまという死の象徴のような存在を迎え入れることによって、生きることをインストールし直していくという小説なんじゃないかなと感じました。  そうかもしれないですね。それまでほとんど酒や水しか口に入れていなかった祐が、しゃもぬまが来たことで、ちゃんと生活というものを始めるようになる。死ぬってわかったときからようやく生きはじめる、みたいな部分はあります。 ─ また、ルーティンの中に嵌められて受動的に日々を流しているような祐と、しゃもぬまの頑固でマイペースな姿も対比させているのかなとも思いました。  それもあります。祐は執着や欲そのものが薄いというか、ほうっておくとそのまますーっと天国に行ってしまいそうだけれど、しゃもぬまのほうは実はしっかり現実で生きています。体臭もあるし、へんな草を食べたらちゃんと下痢するし。尻尾の毛とか地肌感とか、どこをとっても貧相で見た目は情けないやつなのに、全然人の言うことを聞かない。いちばん取り扱いに困る生き物です。 ─ 祐の勤務先が「アダルト雑誌の出版社」という点も面白いです。  性って、死とか無気力とかと対比させられるものじゃないですか? そういう、生きるとか命とか欲といったものに近い環境にあえて置くことで、より祐をぼやかしたかった。生きることの渦中にいながら、実際はその外縁にいる人物にしたかったんです。彼女を、いつも生と死の境界にいる危うい存在として描きたかった。 ─ 祐という名前自体、女性の登場人物につけるものとしてはすこし珍しいですよね。  たぶん書いているときは、単純に響きが好きでつけた名前だと思うんですけど、あとで編集の方と話しているときに、「この物語は女の子が背負ってるものがあるよね」という言葉をいただいて。祐はぼんやりしてるけど、逃れられない“タスク”をしょっているなと思ったんです。全然やる気に満ちあふれてないのに、タスクを背負わされて、一応それをこなそうと頑張って生きている。だから、最終的には悪くない名前だったと思っています。

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