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20年前は弱小校→西東京で躍進。 怒りを捨てた監督がチームを変えた

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◆「甲子園交流試合」で注目野手10人  例年と違った西東京大会。全国に名を馳せる強豪校がひしめく中で、佼成学園のナインが躍動した。  新型コロナウイルス感染の影響で、活動を休止していた私立・佼成学園の野球部が再び動き出したのは6月になってからのこと。ポジションごとに分かれてウォーミングアップをする選手たちの姿を見ながら、藤田直毅監督はこう言った。 【写真】「甲子園交流試合」で絶対注目の好投手たち 「昨年秋の東京大会はベスト16で終わりましたが、手応えがありました。先発を任せられるピッチャーが2人いて、野手にもいい選手が揃っている。今年は甲子園を狙える戦力が整いつつあると思っていました。『やれる!』と感じていただけに、甲子園がなくなったことは本当に残念でした」  全体練習ができない時期は3カ月半にも及んだ。立教大学卒業後、母校で助監督を務めたあと、社会人野球のリクルートなどの監督を経て、1999年から佼成学園で指揮を取る藤田にとっても初めての経験だった。 「これだけ長い期間、野球から離れたことはなかったですね。オンラインで選手たちに練習メニューを送っていましたが、自分で直接指導することはできない。自主練習だけで、どれだけ追い込めるかは心配でした」  その後、春季大会の中止が決まり、想定した以上に練習自粛期間は長く続いた。だが、練習再開後の選手たちの姿は、藤田の予想とは違っていた。3カ月半も全体練習から離れていたとは思えないほど選手たちの動きがよく、体重がアップしていた者もたくさんいた。 「(練習を)各自に任せた結果、『みんな、大人だな』と思いました。全体練習ができないからといって、焦る必要も、嘆く必要もなかったですね。もともと自主練習が多い部なので、自粛期間中も選手たちにはあまり違和感がなかったみたいです」

藤田監督に話を聞いた日、紅白戦が終わったあとに監督はキャプテンを呼んでこう言った。 「このあと、何をする?」 「守備練習をしようと思います」 「わかった。いいよ」  監督とキャプテンの短いやりとりが終わると、選手たちはポジションごとに分かれて守備練習を始めた。 「僕は昔、『怒れないのはダメな指導者だ』と思い込んでいた。怒ることが情熱だと思っていたんです。でも、『勝ちたいのは誰だ? 俺じゃないよな、選手たちだよな』と気づいたんです」  だから、藤田監督は選手の話をよく聞く。「で、どうする?」と。  今年は、例年なら6月に行なう強化合宿もなくした。 「うちは、一軍、二軍を分けないで、選手には同じように練習する機会を与えています。いつもなら6月に強化合宿をして、20日くらいまでには夏の大会のベンチ入りメンバーを確定させるんです。大学受験の準備をする生徒もいますから」  しかし今年の夏の大会(西東京の独自大会)は、「試合ごとに登録メンバーを入れ替えることができる」という独自大会の特別ルールを採用したため、メンバーを20人に絞る必要はなかった。本番までに練習試合を10試合もこなせなかったが、チームにまとまりが出たという。 「みんなで同じ夢を見て、みんなで勝利を喜び合える。この絆は一生ものですよ」  初戦の相手は、いきなりの強敵。昨夏の西東京大会を制し、甲子園初勝利を挙げた國學院久我山だった。西東京大会を3年生主体で臨むことを決めた藤田監督が言う。 「佼成学園は、僕が監督になったばかりの頃は公立高校にコールド負けするようなチームでした。でも、3年生が泣きながら頑張っているのを見て、『3年生のための部にしないとな』と思ったんです。野球がうまくない選手の1本のヒットは、ホームランバッターの10本に匹敵するくらい尊い。指導する側からすれば、3年生になる時にうまくなっていないとおかしい。そういう意味で、選手たちはちゃんと育ってくれました。

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