学術会議の知識人を糾弾しても、いいことはひとつもない理由
学術会議を巡るなんやかやがはっきりしなくて、一体どういうことかとニュースをウォッチングしている私ですが、物事ってこうして大きくなっていく間に最初の論点がみえなくなるもので、例えば、最初は「全身ピンク一色であってこその林家ペーなのに、全身“お煮〆色”の衣装では林家ペーと認められない」「ピンクでもお煮〆でも林家ペーは林家ペーだ!」みたいな論争が、「そもそも林家ペーにピンクは似合っていなかった」「じゃあ林家ペーに何色が似合うか検証すべき」「それを言ったらカズレーザーはどうなの」みたいな話になり、「そもそもいい年のおっさんが全身ピンクコーデってどうなんだ」「普段から全身ピンクなのに税金控除の対象ならおかしい」とか、いやペーさんに恨みはないけど、そんな感じの有様です。 こうした作為的、および不作為的な「論点ずらし」発言は、本質の周りについた「ビラビラ」みたいなもん。翻弄されて「あまりにフジツボだらけで本体が牡蠣だとは気づかなかった」みたいな事態に陥らぬよう、まずはそこを整理しましょう。 問題はかなりシンプルで、首相による「特定の6人の任命の拒否」の理由は何なのか、それに答えてくださいよって話です。こういう状況が起こる度に、この7~8年の政権は「総合的、俯瞰的に判断して」って言葉で、さも「理由を言ってる」風を装ってきたわけですが、この答えが毎回毎回毎回毎回イラッとくる。ライター生活ン十年でたぶん2000人とかくらいの人の話を聞いてきましたが、こう答える人の大部分が「考えてない」か「答える気がない」のどちらかです。当然「それもう少し具体的に」とツッコミ入れるべきところだけど、政治記者ってそういうツッコミ機能が最初からないのかな~? もちろんそんな経験無くたって誰でもわかる。仕事の競合プレゼンで「細かい説明は端折りますが、総合的に判断して当社のほうがスゴイです!」とかいう業者がいたら、ナメてんのかとその場でお引取りいただくだろうし、その説明で「よし、わかった!御社に決定!」とか言い出す上司がいたら、そいつは「ぼんくら」か「業者と癒着」以外にありえません。夫婦の貯金でクルマ買おうって話になり、子供二人いるのに夫が意味不明に2シーターのスポーツカー買ってきて「総合的に判断して」とかほざいたら、卍固めキメたくなりますね。 総合的という言葉には、必ず前説が必要です。この点についてはこう、この点についてもこう、でもこの点についてはこう、そういうなんやかんやを総合的に判断して、こうなりました、っていうね。ただでさえ曖昧な日本語を、国のトップが政治の分野で、極めてテキトーにご都合主義的に使うのは、そろそろやめてほしいものです。