外からの視点で捉え直す 読んで旅する東京の魅力(レビュー)
第二、第三の波が次々に押し寄せるコロナ禍のなか、旅行ガイドや街歩き系の出版物はまさに受難の日々。「旅」に関する意識自体も見直しが迫られている。 そんな閉塞感に沈みがちな現状に、ひと筋の光明を与えるベストセラーが爆誕した。その名も『地球の歩き方 J01 2021~2022年版 東京』だ。9月2日に発売されるや、同月中に4刷が決定。現在6刷7万3000部と異例の大ヒットを記録中だ。 『地球の歩き方』シリーズといえば、海外滞在時の心強いお供になってくれる必携ガイドとして知られているが、国内版が出るのはこれが初めて。創刊40周年を記念し、普段は世界各国を飛び回っている同シリーズの精鋭スタッフが結集してつくりあげた特別編で、ファンの間では発売が待ち望まれていた。 そもそもは今年開催予定だった東京オリンピックを想定し、都外からやってくる旅行客の需要を見据えた企画だった。「ところがふたを開けてみると、9月の書店売り上げのうち、6割以上が都内の店舗での売り上げだったので驚きました」と担当編集者は振り返る。 意外な需要を掘り起こしたポイントは、“旅の準備と旅する技術”を指南してくれる同シリーズの一貫したスタンスにある。例えば、「習慣とマナー」の項目では、公的には歩行禁止がうたわれているにもかかわらず、東京のエスカレーターで左側に立って右側をあけることが“暗黙のルール”となっていることや、子供連れにとっての満員電車が“ときに危険を伴うほどのすし詰め状態となる”点を指摘する。それらは都内の人間には自明のことでも、旅行客にとっては“ローカルルール”のひとつ。いうなれば、初めて知る世界の都市のように“東京”という街を捉え直すことで新しい景色が見えてくるのだ。 「編集期間中にコロナ禍に見舞われ、泣く泣く取材を見合わせたページもありますが、そのぶんお店の看板等に使われる江戸文字の解説など、“文化としての街並み”の奥行きを伝えるページは充実させることができました。東京を“読んで旅する”愉しみを見つけてもらえたら幸いです」(同) [レビュアー]倉本さおり(書評家、ライター) 1979年、東京生まれ。毎日新聞文芸時評「私のおすすめ」、小説トリッパー「クロスレビュー」、文藝「はばたけ! くらもと偏愛編集室」、週刊新潮「ベストセラー街道をゆく!」を担当、連載中。ほか『文學界』新人小説月評(2018)、『週刊読書人』文芸時評(2015)など。ラジオ、トークイベントにも多数出演。作品の魅力を歯切れよく伝える書評が支持を得ている。 新潮社 週刊新潮 2020年12月3日号 掲載
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