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野性爆弾・ロッシーさん 仕事がなくパチンコで生計立てた大阪時代【役者・芸人「貧乏物語」】

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日刊ゲンダイDIGITAL

【役者・芸人「貧乏物語」】  野生爆弾・ロッシーさん(45)  個性的なネタと天然ぽいキャラで人気の野性爆弾のロッシーさん。本人いわく、「マニアックな芸」のため、なかなか認められず、大阪時代は相方のくっきー!さんと「辞めようか」と話し合っていた。東京進出後のブレークまでを、吉本芸人の生活ぶりとあわせて語ってくれた。 ■パチンコ屋で顔を合わせた吉本芸人から金を借りる一方  僕らマニアック芸人だったので、大阪にいた若手の頃は仕事につながるチャンスがなく、大変でした。そんな時期はパチンコで生計を立てようとしてましたよ。  当時は同期の次長課長、シャンプーハット、ブラックマヨネーズ吉田、先輩、後輩だと陣内(智則)さんやキングコング梶原とか、パチンコ好きな芸人が多くて、パチンコ屋でよく顔を合わせてました。  楽屋でもパチンコの話をしたり、「きょうは僕が勝ったから、ご飯おごります」「1000円貸してください」とかあったり。僕は仕事もないからいつも借りる方で、「おまえ大丈夫か」と心配されてて。でも、苦しい時に傷をなめ合ったじゃないけど、そういう体験があったから、東京でもみんな、仲良くしてましたよ。 ■消費者金融5社から300万円借金  僕は借金が膨らんでしまって。消費者金融5社くらいで合わせて300万円まで。アルバイトで返したり、債務処理してるうちにお笑いの仕事が入りだして、ギャラをまた返済に充てて、東京に行く頃にはきれいにすべて返済できましたね。今から11年ほど前。  でも、引っ越し費用をまた借金してしまったけど(笑い)。次長課長とか、先に上京していた同期には「この街は住みやすいぞ」と教えてもらったり、東京にいる先輩や後輩と顔をつなげてくれましたね。 ■五反田芸人  新宿ルミネに劇場があったから、高円寺とか中央線に住んでる吉本芸人が多かったけど、僕らが上京した時は品川プリンスホテルに劇場が出来た頃なので、五反田辺りに住む芸人が多かったですね。僕も“五反田芸人”でした。今は女性も住みやすい街だけど、当時はいかがわしい雰囲気もありました。  東京は家賃が高かったので、交通費を節約するためと土地勘をつけるために原付バイクで移動し始めました。ただ、東京は大阪よりも複雑な交通ルールがあるから「ここ一通なんだ!?」「乗り入れ禁止!?」ということが多くて、切符も切られて免許の点数をたくさん取られました。罰金も毎月払って「節約と土地勘のためなのになんじゃこれ?」となった。先に上京してる芸人から「東京は電車が優秀や」と教えられてからは地下鉄とJRの両用で移動して節約してました。  ようやくバッファロー吾郎とか、僕らのようにちょっとアニアックな芸人が「面白いね」と言われ始めてきて。関根勤さんが「野爆が面白いんだよ!」とずっと言ってくださってましたし、東京で仕事が増え始めてきた時は芸人仲間から「野爆、テレビに出てるやん! よかったなぁ」と言ってもらえて。「辞めずに頑張ってきてよかった」と思いましたね。 ■「東京でラストチャンス」と約束して  大阪の若手時代は「俺らが一番面白いのに、支持薄いよなぁ」と相方とよく話してました。  相方は野性爆弾やってるのがしんどくなって、絵や音楽と器用にできる人だから「辞めたい」って話は何度かあった。だけど僕は「笑ってくれる人、いつか絶対に増えるから。もうちょっと頑張ろう」と言ってきました。 「あと何年で仕事が入らなかったら辞めような」「東京でラストチャンスね」と約束しながら、続けてきたんです。  今思えばあの時に「じゃ辞めようか」と言わずによかったな、と思います。  東京では最初、僕のとぼけたおバカな感じが取っ付きやすかったのか、僕を面白がってくれる先輩がおって、僕が野性爆弾の入り口というか、知ってもらう窓口になれた。 「僕を面白がってくれるのはうれしいけど、うちには4番バッターがいます。おもろい相方を見てやってください」とくっきー!を勧めても、最初は「あいつメチャクチャやんけ」と言われてました。それが今では世界のくっきー!になってますけども(笑い)。  売れて、生活は変わりましたよ。  デートした時なんて「カレーに好きなものトッピングせえや」と言えましたし、ギャラを貯めたお金でプロポーズの指輪を買えたわけだし。給料3カ月分って、よく言いますけど、当時の僕だと2年分のお金で指輪を買いました。  ギャラで結婚できて、家族を持てました。夢のような暮らしですよ。辞めずによかったです。  僕は滑舌悪いけど、この先1つやってみたい、かなわぬ夢が声優。  相方はドラマに出てますけど、僕は声優で、ポケモンとかディズニーの「トイ・ストーリー」とか出たいです……と、でかく言っておきます(笑い)。これからも僕みたいなのを面白がってください。  (聞き手=松野大介) ▽本名・城野克弥(写真右) 1975年4月、滋賀県生まれ。94年からお笑いコンビ「野性爆弾」として活動。個性的なネタと天然なキャラで人気に。

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