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緊急提言「藤原正彦」コロナ後の世界 今こそ読書文化で日本復活

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デイリー新潮

 この全世界的な新型コロナウイルスの蔓延で、はっきりしてきた対立が二つあると思います。

 一つは、中国の覇権主義とそれを警戒する国々との対立です。新型コロナの発生源である中国は、当初、人から人へ感染することを隠し、武漢における惨状も明らかにしませんでした。隠蔽に次ぐ隠蔽を重ねてきました。ウイルスをばらまいたことへの謝罪どころか、ある程度中国で収まってきたら、イタリアや東ヨーロッパ、アフリカなどにマスクや防護服、人工呼吸器を大量に送り、救世主顔をし始めました。それらは一帯一路の重要な国々ですから、狙いは明らかです。つまり、覇権主義を露わにしたわけです。  今こうしてパンデミックまでも利用して世界制覇を進めようとする中国に対する不信が、日本で、アメリカで、欧州で爆発寸前になっています。例えば、ドイツは中国で車を作り、売りまくり、大いに潤い、メルケル首相が十数回も訪中するなど、良好な関係を築いてきました。しかし、今度の新型コロナにより、ドイツの自動車メーカーには3月以来、中国からの部品が途絶え、60万人が解雇され、利益も70%減、80%減となりました。最も大切な外国だった中国への見方がこれまでとは違ってきました。  もう一つは、グローバリズム(新自由主義)と国民国家の対立でしょう。グローバリズムは、言うまでもなく人、金、モノが国境を越えていくことです。これが今回のパンデミックの直接の原因となっている。つまりは感染拡大でグローバリズムの行き着く先が露呈されたわけです。  パンデミックは、歴史的に見ると、戦争よりも遥かに多くの死者を出しています。14世紀のペストは欧州の人口の6割を、1918年からのスペイン風邪は世界中で4千万人を死に至らしめました。そんな戦争はありません。新型コロナはそこまでいかないにせよ、すでに20万人の死者を出し、世界経済を恐慌の縁に立たせています。  当然ながら国民国家を守るため国境をきちんと管理しようという動きが出てくる。今回、欧州で最初に感染爆発したのは北イタリアでした。ここは一帯一路による中国からの移民が大量に住みついた所です。だから移民規制の動きも出てくるでしょう。  さらにグローバリズムは経済面でも限界が明らかになりました。これまでグローバル・サプライチェーンなどと恰好のいいことを言っていました。経済効率を最も上げるため、コストの安い国で何もかも生産してもらうということです。実はそれが経済システムとして脆弱であることが露呈しました。中国は世界最大の工場で、最大のマーケットでもありましたが、そこで疫病が蔓延してしまえば、数多くの工業製品の部品なども生産できず、世界から車もマスクも医療用防護服も人工呼吸器もなくなってしまう。そして生じたのが医療崩壊です。先進国は利潤を上げるため、コストの低い中国など国外に生産をほとんど任せてきたツケが回ってきたのです。グローバリズムは、平常時にはうまく機能するけれど、非常時には大きなリスクのある仕組みだったわけです。  これからは中国など海外に移転していた工場の国内回帰が始まるでしょう。地方再生にはよいニュースです。でも、政府が懸命に支援しない限り、これから多くの飲食店や中小企業がつぶれ、ものすごい不況に陥ることになります。我が国は、失業率が1%上がるだけで、平均して年間2千人も自殺者が増えます。今、日本のコロナでの死者は350人ほどですから桁違いです。生命を守るという意味でもグローバリズムは脆弱なのです。効率を上げるため、安全弁という無駄を省いたシステムだからです。  かといって、グローバリズムは簡単には引き下がりません。グローバリズム存続派は非常に強い。例えばアメリカの多国籍企業や国際金融資本です。彼らは今のドタバタでもボロ儲けしています。だから、感染拡大はグローバリズムのせいではない、と言い始めるでしょう。初動が遅れた、中国という全体主義国家による隠蔽のせい、パンデミック時はWHOに“非常大権”を持たせるようにしよう、などとグローバリズムの欠陥を糊塗しようとします。しかし、低所得層の死者が多いこともあり、経済格差を必然的に作る、すなわち中間層を貧困層に追いやるグローバリズムへの反感は高まり、国民国家回帰への流れは止められません  ***  これら二つの対立が鮮明になったことで、世界各国で具体的に次の四つの動きが顕著になっていくはずです。  第一は、国民国家への回帰がさらに発展して、トランプ政権のような自国ファーストが強く叫ばれるようになる。ナショナリズムの高揚とか国防強化ですね。日本なら核武装という話も出てくるかもしれない。土壇場になれば、自分を守るのは自分しかないということがはっきりしたからです。こんな時にも中国は、尖閣周辺や南シナ海で示威活動を活発に行っているから、尚更です。  またイタリアやスペインでは感染拡大で非常に苦しい時、EUに援助を求めました。でもドイツやオランダの反対で、EUは手を差し伸べなかった。今後コロナで荒廃した経済を復興するために不可欠な通貨発行権を、イタリアやスペインは強硬に求めるでしょう。EUは瓦解の危機に瀕しそうです。  そして第二は、自由に対する規制が強化されることです。これまで「自由」は金科玉条の如くもてはやされてきました。しかし自由や人権を完全無視の中国が、感染爆発をいち早く鎮めたのも事実です。逆に民主主義国家はいつまでも苦しんでいます。自由に工場を海外に移したり、あるいは食糧を自由に好きなだけ輸入していたらどうなるのか。地方が荒廃するばかりか、危機において食糧危機を招くことになります。生命安保、食糧安保のためにも規制が必要なことがはっきりしました。  さらに今後、失業者が急増しますから、彼らを守るために、移民も規制する必要が出てきます。何でも自由にすればいいのではない。規制は、弱者を守るためのものです。そこにようやく気がつく。特に農産物についての規制は大事で、農業は国家が依怙贔屓(えこひいき)してでも守るべき生命線です。さもないと予期される食糧難になす術がありません。まだ備蓄があるので問題となっていませんが、海外からの輸入がままならなくなった場合、どの国も自国ファーストになり、自給率が40%を切る我が国などは生存できなくなります。例えば現在、乳製品はオーストラリアやニュージーランド、大豆やトウモロコシはアメリカ、ゴマやピーナッツは中国からの輸入に頼っています。その方が国内生産より安上がりだからです。これらが途絶えたら、豆腐、納豆、食用油、バター、チーズ、肉などがほぼなくなります。  第三は、経済至上主義への懐疑が強まることです。つまり価値観の変化が起きる。アメリカ的な功利主義とか金銭崇拝、効率追求という価値観が後退していきます。各国で起きた医療崩壊だって、国が効率を追うため、余分の感染病棟や病床、人工呼吸器、医療用防護服などを準備していなかったことが一因です。これまで利潤を最大化することだけを念頭に、競争、競争、評価、評価でやってきた社会が、金銭で測れないもの、例えば身の回りにあるささやかな幸福や安心、安全などの価値を高く評価するようになる。具体的には、文化、芸術、教養などが見直される。人類への貢献となる基礎科学も同様です。  そして第四は、格差の是正と福祉政策が強化されます。アメリカではっきりしているのは、満員電車で仕事場へ行き、満足な医療も受けられない黒人やヒスパニック系住民など貧しい人から死んでいることです。水道を止められていて、手を洗うこともできない1500万人の人々から死んでいます。酷い話です。その点、日本の国民皆保険制度は非常に優れています。だからそれを世界に広げていく努力をすべきでしょう。  国民の命を守るためには、非常時には政権に強権を付与しないといけないことも、今回はっきりわかりました。要するに一時的に人権や自由の大幅制限をする。しかし、見識のないリーダーにそれを与えたら、何をしでかすかわからない。諸刃の剣です。だから日本はまずリーダーの選び方から、きちんとやり直さなければなりません。  ***  テレビは視聴率を上げるため、不安を煽るようなことばかり言っています。悲観論ばかりで、あんな憂鬱なことばかり聞いていたら免疫力が落ちるからたまにしか見ません。私は部屋にこもり、原稿を書いたり、次の作品の資料を読んだりして日々を過ごしていますが、女房はこの間、コロナチャンスとばかり吉川英治の『新・平家物語』16巻を読破しました。友人の世界的バイオリニストは、演奏会のなくなったこのチャンスにと、普段さほど演奏しないバルトークやパガニーニに取り組んでいると言ってきました。  危機はチャンスでもあります。テレビを消して読書に向かうのが一番です。何より教養や大局観が身に付く。そうなれば、選挙でもきちんとした人を選ぶようになるし、それがまともなリーダーを出すことにもつながっていきます。  幕末の頃、世界中を植民地にしたヨーロッパ人が最後にやってきたのが極東の日本です。彼等は江戸の本屋で庶民が立ち読みしているのを見て、これはとても植民地にはできそうにない、と思ったそうです。ヨーロッパにおける植民地支配の論理は、原住民は無知蒙昧で、自らの国を統治することができない、だから優秀な我々白人が代わりに統治してあげようというものでした。日本に来たら、庶民が本屋で立ち読みしていた。そんな国は世界のどこにもなかった。当時、江戸に本屋が800軒、京都に200軒あったといいます。植民地にすることは直ちに諦めました。読書は国防にもなるのです。  だから今こそ読書文化を復活させればいい。今後2、3年の経済はかなり厳しい状況になるだろうけれど、みんなが読書に戻ってくれば、10年後にはまた日本が大復活を遂げるでしょう。  これからもっとも大事なことは、コロナを奇貨としてよりよい社会、よりよい国にするということです。  転んでもただで起きないことです。今、大切なのは楽観力です。有史以来、コロナよりはるかに悲惨な天災、疫病、飢饉、戦争をくぐり抜けてきた日本民族には、やさしさに加え不屈の精神があります。コロナ程度に負けるはずがないのです。 藤原正彦(作家・数学者) 「週刊新潮」2020年5月7・14日号 掲載

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