Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

UKグライムのトップMC、ストームジーに肉薄する──これが「ブラック・ブリティッシュ」

配信

GQ JAPAN

冷たく重いビートに、ブリティッシュアクセントの早口言葉のようなラップ……。2000年代初期にイギリス・ロンドンで生まれたストリート・ミュージック「グライム」がいま、メインストリーム音楽となりつつある。そのシーンを席巻するMC、ストームジーを英版『GQ』が特集した。 【写真を見る】グライムMCのストームジー

ストームジー。本名マイケル・エベナザー・クワジォ・オマリ・オウオ・ジュニアの彼はいま自宅のソファーに腰掛け、ヘッドライナーをつとめたグラストンベリー音楽祭での災難(モニターのイヤフォンが2度も壊れ、長時間モニターなしでパフォーマンスをやるハメになった)の話をしている。座っていると背の高さはハッキリしないが、立つと195センチ。しゃべりかたもラップと同じ。強調するときは両手を大きく拡げる。と、そのスパンのデカさがよくわかってビックリする。 デビュー以来ずっと猛スピードできた。最前線を突っ走るイケメン人気MCでありながら、なんとかまともに人生をやってきた。つまり、スキャンダルに潰されずに。おそらくそれは信心のたまものだ。「俺が成功するのはわかってたが、それもすべては神の祝福による」。 自分が真面目で、自己抑制が効いていることの説明は、もうちょっと地に足が着いている。学校を追い出されたあとのレミントン・スパでの見習いエンジニアとしての2年間の体験のおかげ、だそうだ。「サウス・ロンドンの外へ出られたのもよかった。で、ピンときた。チンピラのマイケルで終わっちゃダメだ」。溶接の実習中、防護マスクを脱いだとき、クラス仲間に訊かれた。その頭の傷跡はどうした。刺されちまってよ、とストームジー。「そしたらあいつら、すっかりビビってた。で、わかった。サウス・ロンドン、別世界」。 サウス・ロンドンは彼の原点だし、いまも行動指針だ。ヒット曲「シャット・アップ」の歌詞にもあるように“I'm so London, I'm so South(俺はマジでロンドン、俺はマジでサウス)“というわけだ。「ハートもキャラクターも精神的な強さも、それとウィットも。サウス・ロンドン育ちじゃないと、俺みたいにはいかない」。 「政府もボリスもクソ食らえ」 アントニオ・グラムシの獄中手記のなかに「オーガニックなインテリ」という言葉がある。オーガニックなインテリは、ある社会階級のなかから、その構成員の興味をひき、かつ彼らの意識のありように影響を与えることで頭角をあらわす。その階級に特有の環境で育ち、特有の言葉を話す。アカデミックな教育を受けていないのが「トラディショナルなインテリ」とは違うところだ。 ストームジーの立ち位置は社会のありように関してはリバタリアンであり、経済に関しては国家統制主義者(ステイティスト)。これからなにができるかを語るにあたっては理想主義者的だが、現状に関しては諦めたようなところもある。そして権威への反抗心と自らの尊大さを隠そうともしない。「ガキの頃、トニー・ブレアを『この人だ』って思ったのは覚えてる。労働党だったから。でも間違いで、ブレアはサイアクだった」。 ポリティカルなことで最古の記憶は9.11のテロリストの攻撃。当時8歳。「タダゴトじゃないのはわかった。先生らが泣いてたから」。4人の子供たちを女手ひとつで育てた母親の影響も大きかったのでは? 「そうかもな。彼女がどれだけキツイ思いをしてきたか俺は見てきた。働きまくらないと住むとこもなくなる状況だった」。 9歳のときイラク戦争。15歳でリーマン危機。17歳で緊縮財政。18歳のときは暴動が燎原の火のごとくイギリス中に拡がり、街によっては若者たちが警官と衝突したりした。そんなふうに育ってきたのだから、政府に対してあれこれいうのは実に当然ともいえる。ストームジーは危機の時代の申し子で、政治的な発言や態度は本気だ。グラストンベリーのステージには、バンクシーがデザインしたユニオンジャックのベストを着て登場した。英紙『ガーディアン』のアート批評担当、ジョナサン・ジョーンズいわく「分断された、恐怖におののく国家のバナー広告」。彼の曲、たとえば「ファースト・シングズ・ファースト」の歌詞にいわく「俺たちのことを好きでもないやつらにカネをやるなんてまっぴらごめん」とか「街で暴動 どこいきゃ混ざれる」とか。グラストンベリーでは、「ボッシー・ボップ」の歌詞「政府もボリスもクソ食らえ」の部分を客と合唱した。 2019年12月の英総選挙の結果はストームジー的にはガッカリだったが、だからといってあのとき彼に影響力がなかったわけではない。選挙の数週間前、『ガーディアン』に彼の公開書簡が掲載された。緊縮財政に反対する趣旨のものだった。投票者登録の締め切り前日には、インスタで270万人のフォロワーに向かって登録するよう呼びかけもした。翌日の登録者数は前日比236%。保守党が彼の存在を矮小化することにやっきになったのも無理はない。 発言が敬虔になるときのストームジーは分かち合いや救出、支持、扶養の人になりたがり、神や人間性やエゴの滅却や運命について語る。ここ2、3年にやったのは、たとえばペンギン・ランダム・ハウス社内にマーキー・ブックスなる出版レーベルを設立。それと、ケンブリッジ大学の黒人学生に学費と生活費を用立てるためのストームジー奨学金制度の創立も。いわば、イギリス黒人カルチャーの土壌にバンバン種を撒いている。どんな芽が出て育っていくか。「できることはなんだって」と彼はいう。「おかげさまで俺はこんなにも祝福されてる。だから他人のために“sick(かっこいいの意味)“なことをやらないと」。

【関連記事】