ありそうでなかった「左利きの道具店」 売上4倍、インサイト捉えた企画開発力
左ききの手帳は逆の「右開き」にページが開く。月間カレンダーのページの日付が従来はマスの左上にあるものを右上に配置し、週間予定とメモのページの配置を逆にして「週間“ライト”式」にした。 デザインは、「カンヌライオンズ」などの世界的広告賞の受賞歴もあるグラフィックデザイナーの白澤真生氏が担当。既存のフォーマットではなくオリジナルでデザインを起こした。 手帳の仕様はSNSなどでの左利きの人の意見なども踏まえながら試行錯誤して決めた。左利きの人であっても、それまでの右利き用の商品に慣れている人だと「違和感が大きい」と感じてしまうこともあるという。左利き用の商品開発に正解はないが、最終的には「これでよかった」と思える仕様にできたという。 単に左利き向け、というだけではない。素材や製造工程にこだわり、使用感の良さも意識している。採用している「菁文堂手帳用紙」は、菁文堂が開業以来使っている専用紙で、「赤ちゃんのおしりのような滑らかさ」と銘打つきめ細やかさを特徴とする。滑らかさは、紙に鉛筆やペンの先端が引っかかりやすい左利きのユーザーにとっての快適さにもつながる。180度開ける製本技術も品質の向上に貢献している。 「色を選べる楽しみ」は特に強く意識しているという。現在5色で展開し、基本色のネイビー以外は毎年新色を検討している。人気色を復刻することもある。 色にこだわるのは、左利きに向けた商品は選択肢が1色しかないことが少なくないからだ。「『左利きに向けた商品だから1色でも仕方がない』のではなく、たくさんの色の中から選べるようにしたかった」(加藤氏) ●夢は左利き用の鉛筆削り 左右兼用で使いやすいユニバーサルデザインを目指したのが定規とユニバーサルメジャーだ。学童文具では左利きに配慮されていることもあるが、本来の目盛りの下に「おまけ」のように左利き用の目盛りが小さく付いていることも多い。 この定規では目盛りの存在感を「五分五分」にした。メジャーは表に左手で本体を持ったときの左利き用、裏に右手で本体を持ったときの右利き用の目盛りが印刷されている。現在、定規を4色、メジャーは5色を展開している。 三徳缶切りは、キッチン用品メーカーのプリンス工業(新潟県三条市)に協業を依頼。50年以上のロングセラーとなっている商品がベースだ。 加藤氏自身、思い入れのある商品で、「子供の頃、『左手で切れるわけがない』と言われて右手で缶切りを使っていたが、ずっと左手で使いたいと思っていた」という。 近年は缶切りを使わなくても開けられる缶詰が増えたが、左利きの人にとって力の入りやすい利き手で「てこ式」の缶切りを使い、サクサクと開けられるようにと開発した。 HIDARI以外の主な協業事例には、刃物メーカーのサンクラフト(岐阜県関市)との「MOKA」シリーズなどがある。MOKAシリーズは工業デザイナーの川上元美氏とサンクラフトのコラボレーション商品で、08年に「グッドデザイン・中小企業庁長官賞」を受賞しているロングセラーだ。 加藤氏の原点に「道具好き」がある。例えば、扇子は右手であおぐことを前提に設計されている道具だという。「左利きが使うとあおいでいるうちに閉じてきてしまう。不便だが、右手で使うことをよく考えて作られているので『とても理にかなった構造だ』と感じる」(加藤氏) いつか作ってみたい左利き商品として、加藤氏は鉛筆削りやコーヒーミルを挙げている。右手で回すように設計されている鉛筆削りのハンドルは、左利きには回しにくい。内部の機構が複雑なため、左利き用を作るとなると莫大なコストがかかる。現状では難しいが、“夢の左利き商品開発の道”は続いている。
丹野 加奈子