【木内前日銀政策委員の経済コラム】 感染リスク低下は期待薄だが、無視できない経済効果
年末年始の連休延長、功罪相半ば
政府は、民間企業に対して、年末年始の帰省や旅行を分散させるために、年始の連休を延長するように働きかける予定だ。 今年の年末年始の休みは、12月29日から1月3日までの6連休だ。政府は、これを1月11日まで延長して、最大で14連休あるいは17連休とするように企業側に要請する。その狙いは、年末年始の帰省、参拝などを分散化することで、感染リスクを低下させることにある。それに加えて、旅行など個人の消費活動を促し、経済活動を活性化させる狙いもあるだろう。 これが実現すると、経済効果は相応の規模で生じるだろう。 しかし、最大の狙いである感染リスクの低下効果については、期待したほどにはならない可能性もある。 旅行については一定程度分散化されるだろうが、帰省や参拝については、年末と年初に行なうという人々の慣習が、簡単には改められないためである。 ▼休暇取得時期の分散化にはプラスの経済効果 今回の年末年始の連休延長という考えは、コロナ対策を念頭に置いたものであるが、その中には、従来から検討されてきた課題への対応も結果として含まれていると考えられる。 その一つは、休暇取得時期の分散化である。 欧州では、夏休みの時期を地域ごとなどにずらすことで、施設の混雑緩和や鉄道、航空、ホテルの予約などをとりやすくする試みがなされている。 需要が平準化し予約が入りやすくなることで、旅行が促される。また、交通渋滞など混雑が緩和されることで、個人の利便性も高まるのである。 企業側にとっても、需要の平準化はプラスだ。例えばホテルでは、満室による需要の取りこぼしのリスクが減るだろう。また、ピーク時(繁忙期)に合わせて従業員を雇用していると、閑散期には労働力に余剰が生まれ、労働生産性の低下、企業収益の悪化などをもたらす。 製造業と違って、需要の振れを在庫で調整できないサービス業にとって、需要の平準化から得られるプラスの効果は大きいはずだ。またそれは、経済全体の効率化にも資するだろう。 ▼有給休暇の消化を促す もう一つは、有給休暇の取得増加効果である。 2019年度で日本の労働者の有給休暇消化率は52.4%と、欧米諸国に比べて極端に低い。付与されている有給休暇日数が一人当たり平均で18.0日である中、実際に使われている有給休暇日数は9.4日にとどまっている。 今回、年末年始の6連休を仮に14連休とする場合には、それによって有給休暇の取得が進むことが予想される。土日、祭日を除けば、5日間休暇が追加で増えることになる。平均8日超の年間有給休暇が現在取得されていないことから、それがこの追加の休暇に充てられ、消化されることになるだろう。 経済産業省、国土交通省などによるアンケート調査によれば、連続した休暇にしたいことのトップが、2泊以上の国内旅行となっている。休暇が長期化すれば、国内旅行が促されるのである。 それに続くのが、1週間以上の海外旅行、アウトレジャー・スポーツ、スポーツ、映画・演劇などとなる。いずれもコロナ問題で企業が大きな打撃を受けている分野であり、それらは休暇増加の恩恵を受けやすいだろう。 ▼年始連休延長の経済効果は2兆4,500億円 経済産業省、国土交通省などによる「休暇制度のあり方と経済社会への影響に関する調査研究委員会報告書(平成14年6月)」では、休暇増加による余暇消費の増加効果が試算されている。 有給休暇が完全に取得された場合には、休暇増加による余暇消費増加の直接的な効果は4兆4,600億円となる。これは、一人当たりの年間平均休暇が9.1日増加することを前提にした計算と見られる。 一方今回は、5日間の有給休暇が追加で取得され、有給休暇消化率が約80%まで上昇することが想定される。この点を考慮して、報告書の計算に基づいて試算すると、個人消費を直接的に約2兆4,500億円押し上げることになる。これは、年間の個人消費の0.80%、名目GDPの0.44%とかなりの規模に及ぶ(共に2019年の計数)。 長期休業は難しいとの一部業界からの批判などを受けて、西村経済再生担当大臣は、全ての企業に1月11日までの連休延長を求めている訳ではない、と当初の論調を幾分トーンダウンさせしている。 実際、全ての労働者が14連休をとることは考えられず、この点から、上記の経済効果の試算値はいわば最大値と位置付けられる。 しかし、上記の報告書では、産業連関表を用いて波及効果も推計している。 直接効果に波及効果を加えた場合、合計の効果は直接効果の2.6倍にまで膨れ上がる。この点から、14連休の普及が仮に労働者全体の4割弱程度にとどまったとしても、多少長い目で見れば、上記で試算された規模の経済効果が発揮されることが期待できるのである。 ▼年末年始の連休延長は功罪相半ばする 他方、年末年始の連休延長が、感染リスクを期待するほど低下させない可能性についても留意しておく必要があるだろう。 そもそも、年末年初に帰省や参拝などを行なうという慣習は、年始の連休が延長されても、大きく変わることにはならないのではないか。その際には、帰省ラッシュ、Uターンラッシュや多くの人が元旦あるいは3が日までに集中して神社に参拝することで感染リスクが高められることは、回避できない。 また、会社は長期の連休となっても、一時休校となっていた学校では、授業カリキュラムの遅れを取り戻すために、年始の連休を延長することは難しい。その場合、親は子供のスケジュールに合わせるため、やはり、帰省や参拝などのタイミングは例年通りとなりやすく、混雑は緩和されにくくなる。 このように、年末年始の連休延長は、相応の経済効果を生み出す一方、帰省や参拝時の感染リスクを大きく低下させない可能性が考えられる。また、旅行需要を生み出すとしても、それが感染リスクを追加で高めてしまうことにもなるのではないか。年始の連休延長は、まさに「功罪相半ばする」施策であることを、強く認識しておく必要があるだろう。 他方、休暇取得時期の分散化や有給休暇の取得促進は、需要と効率の双方から、日本経済に相応のプラス効果を生み出す。コロナ問題への対応とは別に、あるいはコロナ問題が収束した後に、双方ともに強く推進すべきだろう。 ■木内 登英(前日銀政策委員、野村総研エグゼクティブ・エコノミスト) 1987年野村総研入社、ドイツ、米国勤務を経て、野村證券経済調査部長兼チーフエコノミスト。2012年日銀政策委員会審議委員。2017年7月現職。