漫画家と男の娘VTuberが辿ってきた“独自のルート” 佃煮のりお/犬山たまきが語り尽くす「のりプロ」のこれまでとこれから
バーチャルYouTuber(VTuber)をはじめとする、“バーチャルタレント”シーンを様々な視点から見ているクリエイター・文化人に話を聞く連載『Talk About Virtual Talent』。今回は『双葉さん家の姉弟』やアニメ化も果たした『ひめゴト』などで知られる漫画家・佃煮のりおがプロデュースするVTuberプロダクション「のりプロ」について、佃煮のりおと彼女が産んだ男の娘VTuber・犬山たまきへインタビュー。 【画像】制服を身にまとい、あざとさ満点! その正体は男の娘VTuber・犬山たまき 多くの個性的なタレントが所属し、さらにはモデラーや動画師を自前で抱える「のりプロ」。今回は“ふたり”がVTuberとして走り始めたころから同事務所を立ち上げて現在に至るまでの軌跡を振り返ってもらった。 佃煮のりおのプロデュース手腕、犬山たまきの苦悩、そして知られざる二人の関係など、ボリューム盛りだくさんのインタビューとなった。(編集部) 〈佃煮のりお〉 「のりおいける! 漫画家兼、のりプロ社長の佃煮のりおです。永遠の17歳です♡」 のりプロの社長兼プロ漫画家。 犬山たまきのプロデュースをきっかけにVTuber業界に参入する。 漫画家としての代表作はアニメ化もした『ひめゴト』と『双葉さん家の姉弟』。 漫画家業は開店休業中。 〈犬山たまき〉 「はーい、ご主人様! わんたま~! 男の娘VTuberの犬山たまきです!」 男の娘VTuber。喋ったり歌ったり、変わった企画をやるのが大好き。 のりおママにこき使われながら、毎日活動を頑張っています。 バブみがある人が好きで、ドMでメンヘラな一面も……? ■真摯な事務所に導かれて 犬山たまきが個人VTuberとしてデビューしたきっかけ ーー佃煮のりおさんが犬山たまきさんをプロデュースしてVTuberを始めてみようと思ったきっかけは何ですか? 佃煮のりお(以下、のりお):キズナアイさんを見たのがきっかけです。そのときは佃煮のりおのままの姿でやるっていう想定もあったんですけど、やっぱりVTuberってキャラクターだと思ったんです。だから私も、界隈に受け入れてもらえるようにするため、別人格の犬山たまきを産みました。 ーーそうして産まれた犬山たまきさんですが、最初は企業勢になりたかったそうですね。オーディションなどもお受けになられましたか? 犬山たまき(以下、たまき):企業はにじさんじさんと、ミライアカリさんが所属していた事務所のENTUMさんを受けました。にじさんじさんは連絡がなくて落ちちゃったんですけど、ENTUMさんは連絡して3時間後ぐらいに「面談しましょう」っていう返事が来ました。もともと社長さんがのりお先生を知ってくださってたらしくて。「佃煮のりおから連絡来た!」って社内がざわついたそうです(笑)。 ーーなぜ事務所に入りたかったんですか? のりお:当時は、VTuberとしてデビューするなら企業に入るしか道がないと思っていたんですよ。3DトラッキングもLive2Dも仕組みがわからない。だから入らないといけないのかな、となんとなく思っていたんです。ただ、ENTUMさんのお話を聞いていく中で、事務所に所属することのメリット・デメリットを真摯に話してくださって。所属する場合、「犬山たまきの姿」の権利は事務所に帰属するし、収益も事務所に納めないといけないということを教わったんです。でも、私の場合は見た目も自分で描くつもりでしたから……。 ーー権利が持てるのなら、事務所にお金払う意味がなくなりますね。 のりお:その通りです。活動をする上で企画を考えるのも自分です。私はニコニコ動画をやっていた時のコミュニティがすでにありましたし、漫画家としても知られていて、Twitter(現:X)のフォロワー数も当時すでに10万を超えていたので、スタートでもそこまで困らないなと。「この場合、事務所は何をしてくれるんでしょうか?」とENTUMさんに素直に言ったら「我々がのりお先生にできることはないです」って言われたんです。 ーーENTUMさんが正直で、一切騙したりしなかったのはすごいですね。 のりお:そうなんですよ。社長さんがすごく真摯な方でした。その時に「名取さなちゃんって知ってますか?」って聞かれて。「この子は自分で絵を描いて自分でプロデュースする『個人勢』という活動の仕方をしてるんです。先生が向いてるのは多分こっちだと思います」と仰っていただいて、それで個人勢として活動をスタートしたんです。 ーーこの時期に神楽めあさんと出会ったそうですが、最初にめあさんを知ったきっかけはなんだったんでしょう たまき:神楽めあさんは、ボクが初めて見た過激路線のVTuberだったんです。他のVTuberは下ネタも直接的な表現をあまり使っていなくて、アイドル的な見せ方が強くて。「汚れ芸人みたいなことやっちゃいけないんだな」って思っていた時に、めあさんがそのイメージをぶち壊してくれて。「ボクもそっちがいい、めあちゃんみたいになりたい!」っていうところからVTuberを勉強していきました。めあさんはしゃべりも歌も上手くて、目指したいところがいっぱいありました。 ーーかなりリスペクトされていたんですね。 たまき:デビューから今に至るまで、ずっと憧れの人ですね。めあさんに以前「あたしはたまきちゃんを尊敬してる。たまきちゃんがいなかったらコラボも呼んでもらえなくなっちゃうし、これからどんな活動していいかわかんないよ」「戦友みたいに思っている」と伝えてくれたことがあって、本当に嬉しかったです。その影響なのかな、ボクから他のVTuberさんに対しても、お友達というより「戦友」「仲間」という感覚を持つことが多いですね。 ■「男の娘VTuber」であることのメリット・デメリットと、その裏に秘めた戦略 ーーそういえば、たまきさんは「男の娘」ですよね。なぜのりおさんはたまきさんを男の娘として産んだのでしょうか? のりお:私の作品で、アニメ化もさせていただいた『ひめゴト』という男の娘漫画がありまして。デビュー時にスタートダッシュをかけるには、あまり人がやってないことをやらないといけないし、それにくわえて自分の特性や得意ジャンルを活かしたことをやらないと、「佃煮のりおがデビューさせるVTuber」である意味がないと思って。それでたまきは男の娘になりました。ここはある種、戦略的な部分もありましたね。 たまき:のりおママの目論見通り、最初にボクを見てくれていた人のほとんどはのりおママのファンや『ひめゴト』のファンでした。次第に「のりおママは好きだけどたまきちゃんはちょっと……」と離れるファンもいれば「のりおママは知らないけど、たまきちゃんのファンだよ!」という人も増えてきたりしました。当時は毎日3回配信するのがわりと普通で、全く休んでいなかったんですが、すごく楽しい時期でした。 ーーたまきさんご自身は「男の娘」として誕生したことに関して、どういう風に感じておられますか? たまき:産まれた時から女の子の服を着せられていたので、それが普通なんだと思ってたんですけど……「そうじゃないんだ!」ってあとから知りました(笑)。 ーー男の娘好き以外の犬山たまきさんのファンはどんな反応でしたか? たまき:「男の娘である意味ある?」とはめっちゃ言われてて、嫌でしたね(苦笑)。「女性キャラクターでいいじゃん」って。当時はやっぱりのりおママのことを知らずに、純粋に犬山たまきを好きになってくれたファンもたくさんいたので、「男の娘であることに何の意味があるんだろう」「男じゃなかったら推せてたのになー」なんてよく言われていました。 ーージャンルへの理解は人それぞれですからね……。反対に「男の娘だから可愛いんだ」という人も多いと思うんですよね。 のりお:そうですよね。けど、その性癖が刺さらない人からすると「なぜ?」となってしまうんでしょうね。 ーー「男の娘が好きでファンになった」という方もいますか? たまき:「男の娘だからボクのことが好き」っていうファンは結構いて、「ボクが男の娘に産まれた意味はあったんだな」ってその時は思ったんです。 ただニッポン放送のよっぴー(吉田尚記)さんに初めてラジオへ呼んでいただいたときに「男の娘なのは何故?」って言われたんです。「純粋に女の子の方が多分受け入れやすいし、ファンの獲得もしやすかったと思うんだけど」って。あと「プロデュースしているのは『のりお』っていう男性の名前の女性漫画家で、『たまき』は見た目が女の子なのに女装をしている男性って、分かりづらすぎる!」って言われて(笑)。「けど、それがのりお先生とたまきくんのやりたいことなんだよね」ってよっぴーさんに言われて「そうなんですよ」と答えました。 ーーたしかに(笑)。存在を覚えてもらうという意味では、男の娘というのはインパクトがありますが……。 たまき:そうですね。それを言われて、これから一般層とかにリーチしていくときに、わかりづらいというのはたしかにあるな、とも思いました。ただ、当時はVTuberが一般層にリーチするというビジョンが何もなかったころなので……。 ■多くのリスナーが行く末を見守った“織田信姫物語”のひとりとして ーー2019年に入ってからは登録者数10万人を越えています。2018年9月デビューとは思えない勢いですね。ここまで急成長する個人チャンネルはなかなかないと思います。 たまき:当時は「嫌われてもいいからとりあえず名前を知ってもらおう!」と思って、下ネタや過激な企画など結構めちゃくちゃやってましたからね(笑)。だから、相応にアンチも多かったですね。でも、嫌われるより「知らない」って言われることの方が怖かったので、今でも後悔はしていないです。 でも、そこまで伸びたのは、当時活動していた織田信姫さんのおかげです。登録者が多かった先輩の信姫さんが取り上げてくれたのがきっかけで、物怖じせずに信姫さんに絡んでいきました。 ーープロレス芸を積極的にしていましたよね。当時かなり絡みもあったのに「絶対コラボしない」というお約束みたいなのがあって、それが面白いなと思っていました。 のりお:多分あれは「いつコラボするんだろう」と“見守ること”自体がコンテンツになったんだと思います。「こんなに絡んでいるし、仲良くプロレスもしてるのに、一体いつコラボするんだろう?」って。行く末を追いかけたくなる要素を信姫さんが演出してくれていたんだと思います。 ーーたまきさんは信姫さんのどういうところがお好きでしたか? たまき:そもそもピンク髪のキャラが好きで、見た目もめちゃめちゃタイプだったんです(笑)。それに、信姫さんは最初からすごい可愛がってくださっていたのも大きかったです。なんでこの人こんなに優しくしてくれるんだろうと思うくらいに。プロレスの範囲で結構きつい言葉も浴びましたけれど、その中にも愛を感じていたので、どうにかボクからもその愛情を返せないかなと考えていました。 ーーひとりの個人VTuberに対する愛情の示し方ではなかったですね。 たまき:そうなんですよね。「可愛い後輩でいよう」という意識はめちゃくちゃありました。だからこそ、活動も頑張るし、結果も出さなきゃって。「こんだけ寵愛を受けてるのに、犬山たまきは何もできてないじゃん」みたいには絶対思われたくなくて。「信姫さんを超えなきゃ」という思いがありましたね。 ーー信姫さんは当時、「犬山たまきが登録者数10万を超えるまでは関わらない」みたいな話をされていましたね。その時期をたまきさんはどのように感じていましたか? たまき:とても嫌でしたね。その当時のボクは、活動の理由自体が信姫さんになっちゃってたんですよ。この人とコラボするために活動してるし、この人と仲良くなって認められたいから活動を頑張る、という思いになってしまっていました。多分、これだと犬山たまきは信姫以上になれない、と多分信姫さんも分かっていたんでしょうね。親心で突き放してたんだと思うんです。 でも、当時はショックでした。やっぱり本当にコラボできないんだって。ファンからの「いつコラボするの?」というプレッシャーもすごかったですし。 ーー僕も当時行方を追っていたいちリスナーとして「信たまは終わるのかな」と不安でした。 たまき:「めっちゃ信たまを推してくれてて嬉しい」っていう気持ちの反面、「信姫ちゃん、コラボする気ないから本当はたまきのことマジで嫌いなんじゃないか?」という説も出ていましたからね。ボクとしては、それはない……いやそれはないけど、でも……なんかそう思えてきちゃって辛いなぁ……みたいな。そんな時期がありました。 ーーなるほど、それがあってこその、信姫さんとの“最後の一週間”だっ たんですね。それまでの時間を取り返すかのように、怒涛の勢いでコラボをしていましたよね。 たまき:信姫さんが「犬山たまきがいて、信姫の物語は完結するから、協力してくれてありがとう」と言ってくださったんです。「これからの物語は“犬山たまきの物語”だから、あんたの仲良くなった人たちと新しく、私のことなんか忘れて楽しくやりなさい」と。今はもう、信姫さんの名前も知らないVTuberファンだっていると思うんです。けど、ボクは今でも「好きな人は誰ですか」って聞かれると絶対に「織田信姫さん」って答えています。 ■再出発した「犬山たまきの物語」 人気コンテンツ「対談バトル」シリーズが生まれるまで ーーもうこの時期には犬山たまきさんには多くのVTuber仲間ができていました。コラボをする際の企画の決め方や、仲良くなるきっかけについて教えて下さい。 たまき:コラボ企画をするときはお互いの身体が動く範囲で出来ることや、互いのファンが嫌がらないかなど、リスナーに配慮しながら内容を決めています。そんな風に企画をやっていて、盛り上がった方と意気投合して段々仲良くなっていくことが多いです。 ーー2020年からは対談形式でトークをする配信がスタートしました。この「対談バトル」シリーズを企画として成立させていった流れを教えてください。 たまき:最初はマシュマロ雑談をやった時に、他の企画より数字が取れたのがきっかけだったんですよ。それをコラボ企画に採用して、内容もブラッシュアップしていって『◯◯襲来●●対談バトル』みたいなタイトルを付け始めて、という流れです。だから、初期の対談コラボって対談バトルって名前がついてないんですよね。「◯◯襲来」も最初のころは使っていなかったと思います。 一時期は「自分で呼んどいて『襲来』って言うな」みたいなツッコミもあって、たしかにと(笑)。ただ、そういう覚えやすいキャッチフレーズみたいのがないと人気シリーズにはならないと思っていたので、意識的にブランディングをしていきました。 ーー番組としてのフォーマットを整えることに注力されていたんですね。 たまき:そうですね。とはいえ、気を遣い始めたのは少し経ってからですかね。形式をちゃんと決めていくなかで「たまき君といえば対談バトルだよね」と言われ始めたのもその辺りからです。「これって持ちネタだったんだ! 頑張んないとダメなコンテンツなんだ!」と再認識しました(笑)。 ーーブッキングはどのようにされていましたか? たまき:基本はTwitter(現:X)とかで繋がってから連絡をします。やっぱり認知されてないのに行くのは失礼だと思ってしまって。必ずボクからフォローして、フォローバックされたら打診するという流れですね。 それから、人づてに依頼するのも避けていますね。尊敬している人に「〇〇さん紹介してよ」とつなぎに使ってしまうのが、ボクはめちゃくちゃ嫌だからなんですけど。あ、でも唯一にじさんじのレオス・ヴィンセントくんだけは人づてに紹介してもらいました。というのも、彼はコラボしないとTwitter(現:X)をフォローしない主義なんですよ……。だから、同期のレイン・パターソンちゃんに「本当にごめん! レオス君とどうしても対談したいので、つなげてもらえないですか……!」ってお願いしました。その一回だけですね。 ーーたまきさんは台本などを含め、事前準備を徹底するタイプというお話をよく耳にします。対談相手とはどのようなやり取りをされているんですか? たまき:そうですね。一ヶ月前には出ていただけませんかと打診して、相手の日程を確認して調整したら「対談コラボの日程の前日ぐらいにご連絡します」とお伝えして。トークテーマが決まったら届いたマシュマロからあらかじめボクが検閲したものをお送りして、NGがないかチェックしてもらっています。対談コラボは23時から配信なので、当日の22時45分に集合していただいて、音声チェックだけしてあとは1時間話す、という感じですね。 ーーコラボといっても、ほとんど相手方に負担がかからないようにされているんですね。 たまき:最低限の負担しかかけたくないんですよ。自分が裏で準備するのはいくらでも時間をかけてもいいんですけど、相手にお願いするのがめちゃくちゃ苦手で……。それに、みなさん時間の無いなかで来ていただいてるという意識は常に持つようにしています。1時間プラス打ち合わせ15分以上の時間を取らせないようにしてますね。 ーー15分の打ち合わせのみとなると、相手のことも相当信頼していないといけないですよね。 たまき:お呼びしている方はみなさん実力のある方々なので、本番はなんとかなるな、とは思っているんです。ただ、ボクの方では念のためイメージトレーニングを事前にしています。 相手の配信や切り抜き、ファンの傾向などを事前に調べて、こういうことを言ったらファンは嫌がるだろうから注意しよう、みたいな想定はしています。それにプラスして「この人のしゃべる時のテンポはこういう感じだから合わせて進めよう」とか「こう言ったらきっとこう返してくるよな、そしたらこう返そう」みたいな風にして事前に心構えをしています。「相手が言葉に詰まっちゃった時はこういう風にフォローしよう」みたいな部分も決めておいて、1時間なんとかするぞって。 ーーすごい……! 相手のファンがどんな反応をするか、一般的にはわからないですよね。 たまき:なので、相手のTwitter(現:X)のリプライ欄はめちゃくちゃ見ています。こういうリプライの傾向があるファンは、おそらくこういうことを言ったら嫌がるし、触れるべきじゃない、みたいなところを分析して、相手のファンにも気持ちよくなってもらえるように準備しています。こうして話してみると、ストーカーみたいですね……これどうなんですかね、キモくないですか(笑)? ーーいやいや、そこまで配慮してもらえるのは、相手のファンも嬉しいと思います! たまき:そうですか? えへへ……。相手のファンの方も含めておもてなししたいんですよね。なので、うちの視聴者さんにも、来てくれた方々をおもてなししてあげてねってお願いしています。たとえば「◯◯待機」とか「配信開始までの待機の言葉」ってそれぞれあるじゃないですか。もしそれを相手のファンが言っていたら、こっちも合わせるようにしてあげてねとか。あと、コラボ相手の悪口を言ったら一発BANにするから絶対に言わないでねとか。相手へのいじりも、絶対失礼にならないようにしてねと口を酸っぱくして言ってるので、うちのファンはすごく気をつけてくれています。ありがたいですね。 ■方針を転換し“クリーン化”を果たした犬山たまきチャンネル ーー2020年からは下ネタ系など過激な企画をやらなくなったそうですが、ファンはどのように反応していましたか? たまき:下ネタとか過激なことやっているから好き、というファンはたしかにいました。「いつかコイツやらかさないかな」というウォッチング系の人もいたと思います。そういう人たちのなかには、方針が変わって離れていった方も結構いました。 でも、見続けてくれるコアなファンには説明をちゃんとしていましたね。「もうね、時代が違うんだよ。VTuber業界は法整備が進んでいて、犬山たまきチャンネルはクリーン化しないといつか燃えるんだよ。それ見たい?」って。 ーー2020年ぐらいというと、YouTubeの規制が厳しくなった時期でしたか。 たまき:そうですね。あと、VTuberが市民権を得たので、それまでの無法地帯のような配信を、まわりが無視できなくなっちゃったというのもあります。 ーー活動はしづらくなりましたか? たまき:ボクはアングラで変なことやり続けるつもりだったので……。昔から好きだった「過激な配信」ができたらいいな、としか思っていなかったんです。でも、いつのまにかVTuberたちが市民権を得始めていて、数字を見ればボクも企業VTuberと同じ規模感になっていたので、当時から「客観的にみて、これはまずいぞ」と思っていたんです。ある時に「時代の流れを読まなきゃダメだ」と思い直して、何が嫌がられて何が受けるのかを分析していきました。 ーーたまきさんをよく知らない人からすると「犬山たまきって企業VTuberでしょ?」みたいに思っていた人も多そうでしたね(笑)。 たまき:実際、ある企業VTuberの大きなライブがあった時に「なんでたまきくん今回参加してないの?」って言われて「それはね、ボクが事務所に入ってないからですねー」と言ってましたね(笑)。 この時期のVTuberは、徐々にアマチュアからプロのタレントとしてみなさん成長していったタイミングだと思っています。ボク自身もこの時期から、プロのタレントとして見られることを意識して発言するようになりました。なので、この頃からは基本的に敬語でしゃべるようになっています。 ーー2021年は犬山たまきさんにとって分析を重ねた時期なんですね。 たまき:そうです。活動当初は「とりあえず数字取れれば過激なことでも汚れでも何でもやるわ」みたいな感じだったんですけど、大きくなっていくためにはちゃんと好感度調整をしないとなれないなと。過激なことし続けちゃうとアンチが増えちゃって、そうなるとファンで推してくれてる人たちが堂々と「推しです」って言いづらくなっちゃうので、それは良くないと考えていました。 ーー状況が変わりすぎて、精神的にしんどいとは思わなかったですか? たまき:ヨゴレなことをやらずに数字が取れるのか? という不安はあったんですけど、ボクはもともと「ビジネス汚物」って言われていたんですよ(笑)。実際、数字を取るためにそう振る舞っていた部分もあったので、これからは無茶なことをせず済むんだ、と逆に気楽でしたね。 のりお:一方で、当時の私は自分とVTuber活動の剥離が年々ひどくなってたのが悩みでした。私、しゃべるのは好きですけど、家だと全然しゃべれないんですよ。家族とご飯食べる時も一切しゃべらないぐらいです。だから家族からも「誰? めっちゃしゃべるじゃん」と言われていました。 つまらない人間だったので、なんか面白いことやらなきゃっていう意識がしんどくて。それで病んでいたこともありました。そもそも、自分が面白いことをやるよりは、面白い人たちを引き立てる存在になりたいという思いの方が強くて、自分が目立ちたいという思いはあまりないんですよね。 ーーアイドル的に光を浴びたいという感覚はなかったのでしょうか? のりお:どっちかって言うとプロデューサーっぽいことをやって、誰かを輝かせる方が気持ちいいですね。なので「犬山たまきを好きにならなくていいから、犬山たまきの出すコンテンツとか番組を好きになってほしい」って言っています。「もうMCをする機械だと思ってくれ」と。 ーーなるほど。アイドル的な売り方をせずに、プロデューサーとして在り続けたからこそ、佃煮のりお先生が結婚を発表した時もスムーズに受け入れられた。そんな側面もありそうです。 のりお:事実、そうなるように仕向けていましたね。最初は犬山たまきもアイドルっぽい要素はあったんで、ガチ恋みたいなユーザーもいたんです。だから佃煮のりおの結婚をどう発表するか、もうスケジュールを決めて逆算していたんですよ。この日までファンの方へ受け入れてもらえるようにするための準備や、コンテンツの見せ方を変えるための準備を2年ほどかけて行ってきました。 ーー2年!? のりお:人生設計として結婚をすることと、発表する日もだいたい決めていたので、そこを想定して配信は少しずつなだらかにするとか、発言の質とかも徐々に変えていこうとか。だから、「結婚は何年何月にするからね」って毎回ちゃんと言って、嘘をつかないようにしてたんですよ。ファンにとって嘘をつかれるのは一番嫌なことじゃないですか。 ーーまるで“逆・狼少年”ですね……。 のりお:なので、ファンは「あー、先生マジで結婚しちゃった」「いや待てよ……? 結婚するって言ってたもんな」「俺たちはバカにしてたけど、冗談だと思ってた」ぐらいの感じでした。発表した時は「ね? 私、嘘つかないって言ってたでしょ」って。 ■「佃煮のりお」「犬山たまき」すらもペルソナである “佃煮のりおを産んだ本当の私” ーー佃煮のりおさんが登場するとき、元々実写顔出しで配信されていましたが、突然のバーチャル化に多くの人が驚いていました。「“17歳の30歳”(※)になったら顔出しは辞める予定だった」と述べられていましたが、それはなぜですか? (※編注:佃煮のりおの年齢は18歳のころから「永遠の17歳」である) のりお:リアルの姿は、どうしても衰えていくものなので……。私は、自分は働きすぎで30歳まで生きられないと思っていた人間なので、歳を取って容姿が変化していくこと自体は「美しい」と思っているんです。 ですが、ネット上ですとそう考えない人もいますから、若い姿で皆さんの記憶に残りたいと思っていました。それは顔出しを始めた“17歳の21歳”の時から決めていたことでしたので、予定通りです。 ちなみに、犬山たまきは私が産んだVTuberですが、佃煮のりおはVTuberではありません。あくまでも「リアルの姿」と「バーチャルの姿」を持っている、生身の人間です。バーチャルの姿を持っているストリーマーさんが近い存在だと思います。今後、「全人類がバーチャルの姿を持つ時代が来る」と私は思っているので、その先駆けになれたらとも思っています。 ーーすこしデリケートな話題になりますが、どこまでが犬山たまきでどこからが佃煮のりおか、自分の中で保つのは難しいんじゃないでしょうか? のりお:それで言うと「佃煮のりお」も「犬山たまき」も“本当の私”とは違う存在なんですよ。家族といる私って、しゃべらない根暗な女なので。のりお先生の言動も“私自身”からすると、ピエロのようなんですよ。 ーー佃煮のりおすらもペルソナであると。 のりお:そうです。私は漫画家として活動を始めて11年目なんですけど、始めた当初から自分自身じゃないキャラでやっていたんです。つまるところ、佃煮のりお先生も作られた存在で、その大元にいる私が作ったキャラクターでしかないんですよね。 ーーなるほど。ストリーマーにはそういう意識の方は多いかもしれませんね。 のりお:まあそうじゃないと、精神的にもたないでしょうね。だからたとえば、犬山たまきが叩かれていても、佃煮のりお先生が叩かれていても、“本当の私”には関係がないからメンタルがたもてるんです。別の戸籍を持っている別の人ぐらいの感覚なんですよ。 ーー“本当の姿”を知っていらっしゃるのは、家族と旦那さんと親しい友達ぐらいですか。 のりお:それでいうと、旦那様は「犬山たまき」のことも「佃煮のりお先生」のことも“本当の私”と違いすぎて嫌いなんですよ。佃煮のりお先生ってはっきり物事を言うキャラで、自分の意志がある強い女、みたいな感じだと思うんですけど、“本当の私”は全然しゃべることができなくて。自転車を停めて街のおじさんとかに「そこに置くな!」って怒られたら「あわわ……」って小さくなるくらいなので。 ーーある種、自分自身をプロデュースしている感じでしょうか? のりお:そうですね。「佃煮のりお先生を先にプロデュースしていた」という感じなので、「犬山たまき」は本当の意味で「強くてニューゲーム」ですね。2回目の人生です。 ■「のりプロ」がクリエイターのための事務所として羽ばたくために ーー直近の活動を見ていて「のりプロ」は大きくVTuberの箱として成長していると感じています。そもそものりプロを発足させたのはなぜなんでしょう? のりお:最初は事務所にするつもりがなかったんです。 ただ、幼馴染の女の子に久しぶりに会ったら、夢を追いかけながら極貧生活をしているというお話を聞いて……。私は彼女の素敵な声に昔から憧れていたので、彼女のような才能が埋もれるのはもったいない! と思って。それで「VTuberにならない?」とお誘いしたのが始まりでした。それが、今の白雪みしろちゃんですね。 当時はまったく事務所にする想定はありませんでした。ノウハウもなかったですし、社長になるマインドも出来ていなかったので……。実は、社長としての意識がちゃんと生まれたのは、事務所を設立して4年目の、本当に最近のことだったりします(笑)。 ーーあらためて振り返ってみて、事務所を作ってよかったと感じるのはどんなときですか? のりお:たまきが個人で活動していた時に「にじさんじの皆さんもホロライブの皆さんも、コラボでたまきと遊びには来て下さるけど、それぞれの事務所に帰って行ってしまうのが寂しい」と感じていたんです。 「帰ってきてくれる仲間が欲しい」という夢が、仲間がいることで叶って、すごく良かったと思っています。ただ、私が日々忙しそうにしているので、メンバーは声を掛けるのをかなり遠慮しているそうなんです(笑)。最近はスタッフさんにある程度の業務をお任せしているので、私から「お話しない?」と声を掛けて交流させてもらっています。メンバーの方からも積極的に交流してくれるようになってきて、いまはすごく嬉しいです。 ーー経営者として苦労したことはありますか? のりお:のりプロを設立してから3年くらいは「経営者ってなんなんだろう? 社長って何なんだろう?」とずっと思っていました。ここ最近ですが、数ヶ月のあいだ色んな会社の社長さんとお会いして、お話を伺う機会が何度かあって、そこでやっと経営者としての振る舞い方や考え方が分かってきた気がします。 これまでは「人に仕事を任せる」ということがなかなかできなくて。全部自分でやっちゃいたくなるんですよね。それを最近は人に任せて、自分にしか出来ないことを優先できるようになりました。小さな一歩かもしれませんが、私にとってはかなり大きな一歩でした! ーー今後は「クリエイターVTuberの箱になっていく」とおっしゃってたのがすごい印象的です。どのようなイメージですか? のりお:もともと、私も犬山たまきもクリエイターVTuberのジャンルには入るのかなと思うんです。他には有名どころだとしぐれうい先生とか伊東ライフ先生とか、成功している方がたくさんいらっしゃいますよね。 ただ、イラストレーターとしてすでに有名でも、いざYouTubeをやると全然伸びないというパターンもめちゃくちゃ多いんですよ。「この人、ブランディングのやり方を変えたら絶対に伸びるのに」と思う時があります。私自身、元々絵師さんが大好きだし、ものづくりできる人へのリスペクトがめちゃくちゃ強いんです。「VTuber×クリエイター」って相性がいいし、これから伸びていくジャンルだと思うけど、ノウハウを持っていない人が多すぎる、とも思っています。「のりプロ」でそれをサポートしていきたいなっていう思いがきっかけでしたね。 ーーそれで今回、新たにオーディションを始めたんですね。 のりお:そうです。クリエイター兼VTuberになりたい人、デザイナー、動画師、作曲家などの「クリエイター×VTuber」というのがこれから伸びていくジャンルだと思っています。 ーーVTuberよりも、クリエイターであることが優先ですか? のりお:そうですね。今回の応募要項に「クリエイターであること」が入っているのもまさにそういう理由からです。でも、クリエイターって難しいですよね。誰でも名乗ってさえしまえばクリエイターだと思うので。それがVTuberとして活かせるクリエイターなのかを判断するためのオーディションですね。 ーークリエイターのジャンルに関してはある程度決まっているんでしょうか? のりお:全然ないです。何かを作る人であれば誰もがクリエイターだと思っています。いずれはのりプロを、ものづくりができるプロダクションにしたいなと思っていて。「アニメも作れますよ」「漫画も作れますよ」という、クリエイティブを請け負えるタレント事務所にしていきたいです。どちらかというと今回のオーディションは、才能発掘オーディションみたいな側面もありますね。 ーー参加したい人はいっぱいいらっしゃると思うんですけど、クリエイターの中にはしゃべるのが得意ではない人もいると思うんですよ。そういう方に対して、なにかサポートをされる予定ですか? のりお:クリエイターとして専属でのりプロに入る、というパターンもOKにしようかなと思っています。タレント活動はしないけれど、クリエイターとしてのりプロの事務所を一緒に支えてもらう形ですね。事務所主導でなにかを作る場合、専属の方がいると依頼もしやすいですし、スケジュールも取りやすかったりしますよね。 ーー犬山たまきさんはどんどんスポットを浴びていく存在だと思っていたので、バックアップ、プロデュースに回っていきたいというのは今回お話を聞いてみて意外でした。 のりお:現状、スポットが当たらざるを得なくて当たっている感じはしますね。たまきくんはタレントじゃなくて企画と進行だけやりたいけど、その人材が足りないからガヤもやらないといけないし、トークのパートにも入らなきゃいけないし、みたいなところなので……。やっぱり、もうちょっと人材が欲しいなって思いますね。今のメンバーも、これから仲間になるみんなも、どんどんたまきに代わっていってくれたらうれしいです。 ーーありがとうございます。では、最後に「佃煮のりお先生」から、来年の「犬山たまきさん」に向けて一言お願いします。 のりお:たまき、あまりにもしんどくて「このままチャンネルごと消していなくなっちゃおうか」って相談した時もありましたね。それでも前を向いて、いま私たちはここにいます。いまあなたの傍に居てくれる人たちを一番大切に、自分の居場所を守って行ってください。私もいつでも協力しますからね。
文・取材=たまごまご、画像提供=©のりプロ
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