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ミステリアスな契約から生まれた傑作──『ある画家の数奇な運命』フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督インタビュー

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GQ JAPAN

『善き人のためのソナタ』で知られるドナースマルク監督の最新作が10月2日(金)に公開される。現代美術界の巨匠の半生をモデルにしたというその作品の制作には、様々な困難が待ち受けていた……。8月末日、ライターのSYOが監督に話を聞いた。 【写真を見る】映画の見どころをチェック!

『ある画家の数奇な運命』は、第79回アカデミー賞外国語映画賞受賞作『善き人のためのソナタ』(2006)を手掛けた、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の最新作。第2次世界大戦中と終戦後のドイツを舞台に、若きアーティストの受難と成長が壮大なスケールで描かれる。 この映画の誕生ストーリーは、ドナースマルク監督が現代美術界の巨匠、ゲルハルト・リヒター(1932-)にコンタクトをとったことから始まる。元々はリヒター自身の半生を劇映画化する予定だったが、リヒター側が出した条件は、「人物の名前は変えること」「何が事実か事実でないかは、互いに絶対に明かさないこと」の2つ。1カ月にわたる本人への取材が許されたものの、虚実入り混じった内容とすることが義務付けられた。 しかし、そうした特殊な背景がかえって功を奏し、この映画は、自由に、そして劇的に、“真の美”を追い求める芸術家の生きざまを描き出していく。さらに、ドイツが抱える負の歴史を問い直す強いメッセージ性も込められており、清々しさと重厚さの両立を成しえた傑作といえよう。 今回は、そんな意義深い映画を生み出したドナースマルク監督に、オンラインインタビューを行った。作品の舞台裏から演出意図、影響を受けた映画まで、名匠が饒舌に語りつくした言葉を堪能してほしい。

芸術は“かさぶた”のようなもの

──『ある画家の数奇な運命』を拝見して、人がものをつくること、そして芸術が持つ力について改めて考えさせられました。ドナースマルク監督がゲルハルト・リヒター氏に興味をお持ちになったきっかけは、どういったものだったのでしょう? ドナースマルク(以下D):もともと僕には「素晴らしい芸術は、苦しみの産物ではないか」という思いがあって、その思いに答える映画を作ろうとして、ストーリーを探していたんです。 最初は、オペラの作曲家を主人公にして作ろうかと思っていました。若い男性で体も弱く貧乏で、ただ作曲の才能だけはずば抜けている。そんな男が、苦しみながらもアパートの一室で名曲を書き上げる──といったイメージでした。 ただ、何年かかけて様々なオペラの成り立ちを調べても、実際は“売れている”作曲家が、仕事として請け負ったものが多く、なかなかぴったりくるストーリーに出会えなくて(苦笑)。あきらめかけた矢先に、あるジャーナリストに出会ったんです。 彼がリヒターの伝記を書いていると聞き、「これが始まりになるかもしれない」と、一気に興味がわきました。 ──「芸術は苦しみの産物」という主題は変えずに、主役を変えたのですね。今回は「匿名性を保つ」「虚実を混合させる」という特殊な条件下での作品制作でしたが、難しさは感じませんでしたか? D:僕はもとから、フィクションであっても史実をちりばめるのが好きなんです。じつは『善き人のためのソナタ』でも、同様のアプローチをとっています。現実と切り離してフィクションを作るより、歴史的な事実を入れ込むほうが、正直になれるんですよ。 史実の部分と、自分が創作した部分をスムーズにつなげられれば、よりリアルに感じられますしね。 ──ここからは作品の中身について、いくつか教えてください。先ほどの「芸術は苦しみの産物」という主題が『ある画家の数奇な運命』の核となっているといえると思いますが、それを象徴するのが冒頭部分です。主人公の叔母が、本作のテーマのひとつである「真実はすべて美しい」という命題を体現するために全裸でピアノを弾き、ガラス製の皿を頭に打ちつけて血を流しますよね。なかなかにショッキングな描写ですが、このシーンに込めた想いを教えてください。 D:映画というのは、最初にトーンを決めなければなりません。この映画では、「人間の経験をすべて見せる」ということを1つの信条としています。そのため、ある種極端なシーンを冒頭に持ってきて、これはこういう映画なんです、という訴えを行いました。ここまでやったら、興味ある人は残ってくれるし、無理だと思ったら席を立つと思ったんです。 とはいえ、われわれも「これ本当に大丈夫かな?」という不安はあったので、試写を何回か行いました。そして、誰も席を立たなかったので、そこで少しホッとしましたね。 極端な表現が受け入れられるかどうかの分かれ目になるのは、「そこに正しい感情があるか」ということではないか、という気がしています。いま挙げていただいた部分以外にも、この作品にはショッキングな描写がありますが、美しく見せようとは意識しました。いまお話に上がったように、「真実はすべて美しい」は本作の大きなテーマですが、真実というものをディズニーランド的には描きたくなかったんです。 ──と、いうと? D:つまり、“おとぎの国”的な演出をとらない、ということですね。「まわりはみんないい人で、穴に落っこちたと思ったら藁(わら)の上だったのでケガしませんでした」ということではなく、すぐれて現実に根差した“真実”、人生そのものを描くということです。 そこにあるのは、たくさんの苦しみかもしれない。けれど、人生というのは生きるに値するものであり、その経験こそが美しいんだ、ということを示したかったんです。 ──痛みから生まれる美もある、戦争があったから生まれた芸術もあったのではないか──という視点にも、感銘を受けました。同時に、かなり勇気のいる主張かとも感じたのですが、この部分についてはいかがでしょう? D:非常に公正な観察をしていただき、ありがとうございます。 僕は、俳優で映画監督でもあったエリア・カザンの『A Life』という自伝に非常に影響を受けているのですが、その中に「自分がいままで一緒に仕事をしてきた天才たち──アーサー・ミラーやマーロン・ブランドなど──の芸術的な才能は、往々にして子ども時代に受けたトラウマから発現している」というような一節があるんです。つまり、芸術的なセンスは、子どものころに受けた心理的な傷のかさぶたのようなものだ、と。僕はこのたとえがとても気に入っています。 確かに、自分が尊敬する作り手たちは、大きな苦しみを経て、それを克服して偉大な作品を生み出してきたように感じます。そういった作り手たちの姿も、この映画では描きたいと思いました。

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