1000万円守った那須川天心が見せたボクサーの可能性と課題
最終ラウンドは天心の独壇場だった。細かなステップでフェイントをかけ、頭をふりながらサイドステップを踏み、ロープに追い詰める余裕があった。まるで総合ファイトのように抱えて後方に放り投げた。競技こそ違えどプロとアマの違いをまざまざと見せつけた。 「2試合目の方がいい動きはできた。(藤崎は)すごい気持ちがあって食らいついてきた。最後は本気を出した。もらわずに避けて当てようと。色々な意見があったが、終わりが良ければすべて良し。いろんな方面から(天心という存在を)知ってもらうことが大事。やりきった感はある」 1000万円流出を阻止した天心は満足そうだった。 “世紀の番狂わせ”に失敗した藤崎は「スピードもそう。体の強さもめちゃくちゃあった。投げられてパワーを感じた。行くつもりが怖くて行けなかった。あれが精一杯。出し切った」と敗者の弁。 KO決着のルールでは藤崎も長所を生かすことはできなかった。それならば、AbemaTVは、そもそも企画の題名を「那須川天心にボクシングに勝ったら1000万円」ではなく「那須川天心を倒したら1000万円」にするべきだっただろう。 ただ例えジャッジがあったとしても天心は負けてはいなかった。 大晦日の無敗の元5階級王者、フロイド・メイウェザー・ジュニア(42、米国)とのボクシングルールのエキシビションマッチでは、体重差と、あっという間にKO負けしたため天心のボクシングの実力は把握できなかった。今回の企画は、公開スパーリングのようなものだったが、天心のボクサーとしての現時点の実力の輪郭は見えた。 スピード、左のカウンターを含めた当て勘の良さ、フィジカル、ステップワークなどは一流の部類にある。だが、リードブローが少なく、距離がボクサーのそれより近くにあり、相手の出方を伺うカウンター狙いの受け身スタイルで、重心が後ろにあるため、しっかりとパンチに体重が乗ってこない。またガードなどボクシングのディフェンス技術はまだまだ不足している。某大手ボクシングジムの会長は「2戦目で世界を獲れる」と、天心のポテンシャルを高く評価しているが、現状ではよく見て日本王者レベルか。 そのポテンシャルに疑いはないが、もし本当にボクシングに転向するのならばボクシング用に“リノベーション”しなければならない点は少なくない。幼少期から天心のボクシング指導を行っている3度の世界挑戦経験のある葛西裕一氏が「吸収力が凄い」と絶賛する適応能力が天心にはあるそうなので、そう時間はかからないのかもしれないがすべてはまだ未知数だ。 番組の最後に6月22日に天心とボクシングの元3階級王者、亀田興毅(32)との「スペシャルマッチ」が行われることが発表された。例によってルールは、まだ明らかにされていないが、ヘッドギア&12オンスグローブ使用であればKO決着はないだろう。 最後に。 AbemaTVは、WBA世界バンタム級王者で、ボクシング界の“至宝”井上尚弥(26、大橋)のWBSS準決勝という本物のビッグファイトのある今日19日に、この天心×亀田戦の記者会見を予定していたそうだ。 相変わらずボクシングを“食い物”にしながら、ボクシングに対しての何のリスペクトのない、その姿勢にあきれる。この企画に参加することで、天心にメリットは何もないのではないか、とも考えていた。 だが、天心が番組の最後に残したコメントには感激したし救われた気がした。 「相手があっての企画なんで。向かってくれた方がいて嬉しかったです。ありがとうございます」 対戦相手に対し感謝の念を伝えたのである。ファイターとして、アスリートとして、そしてプロとしての素晴らしい精神。こういう基本理念の備わっている人は、きっと進むべき道を間違わないだろうし強くなる。