「迫る牙 検証・熊被害」(中) 味覚え鶏舎に何度も 富山市
午前7時。富山市の農業法人、土遊野(どゆうの)の従業員が山間部に立つビニールハウスの鶏舎へ餌やりに行くと、側面が破けているのを見つけた。恐る恐る中をのぞくと、羽毛が散乱し、複数の鶏が死んでいた。 現場に駆け付けた河上めぐみ代表は「一目で熊と分かった」と振り返る。その日のうちに周囲に電気柵を立て、ビニールも張り直した。 翌朝。今度は隣の鶏舎が壊れていた。金網と木材でできた鶏舎で、網の継ぎ目をこじ開けて中に入った痕跡があった。またもや複数の鶏が死んでいた。 2日間で50羽が被害を受けた。これまでもタヌキやキツネとみられる被害があったが、数は少なく、施設の破損状況も小さかった。今回は鶏だけでなく、鶏舎の中にあった飼料を狙った可能性もある。 河上代表は「餌に飢え、味を覚えた熊が再び来たのではないか」と推察する。現在は敷地内の全5棟の鶏舎に電気柵を設置。以来、被害はない。 今年は例年に増して鶏舎周辺で熊を見掛けることが多かった。人身被害はなかったが、「電気柵だけで安心せず、これからも警戒する必要がある」と河上代表。音を鳴らして作業し、薄暗い時間には近づかないよう従業員に徹底する。
餌のドングリ凶作 地域に対策助成
熊が人間の生活圏に近づく要因の一つが餌不足だ。富山市によると、秋の餌となるドングリ(堅果類)は今年、凶作だった。山に餌がなく、人間の生活圏まで来て探す熊が増えたとみられ、今年度の市内での捕獲頭数は10月末時点で30頭。年間1桁台で推移する例年に比べて、大きく増えている。 住民により具体的な対策を実践してもらおうと、市は自治会向けの補助金の使途を細かく設定。上限8万円を前提に、熊を誘う恐れがある柿の木の伐採に1本1500円、隠れ場所になり得る草むらの刈り取りに10アール4000円──などと設定。市は「地域ぐるみで対応し、熊が近づかない環境づくりを後押したい」(森林政策課)とする。 全国ベースで見ても、熊の捕獲頭数は増えている。環境省によると、10月末時点で全国で5770頭が捕獲された。公表のある08年以降、最多だった19年の6285頭に次いで2番目に多い。 こうした状況と連動するように、全国単位でもドングリの凶作が目立つ。10月末時点で、ブナは情報提供のあった23都道府県の7割以上、コナラは21都府県の6割以上がそれぞれ凶作だった。 餌に飢えた熊にとって、無防備な農場は簡単に餌が手に入る場所。そこが人間の生活圏であっても「何度も来る可能性がある」(同省鳥獣保護管理室)。熊に餌場として認識させないため、農場には電気柵を設置するなどの対応を呼び掛ける。
日本農業新聞