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15歳の“キング”と対戦したアーテストが当時を回想「誰も彼を止められなかった」

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THE DIGEST

 レブロン・ジェームズ(ロサンゼルス・レイカーズ)は言わずと知れた現代NBAの“キング”であり、コビー・ブライアントと並んで“神様”マイケル・ジョーダンに最も近づいた選手の1人として挙げられてきた。 『Sports Illustrated』の表紙に起用され、“The Chosen One(選ばれし者)”という見出しをつけられたセントビンセント・セントメリー高時代から、大きな期待を一身に背負ってきたが、今年5月に改名したメッタ・サンディフォード・アーテスト(元ロン・アーテスト/メッタ・ワールド・ピース)は、レブロンは2003年のドラフト以前からNBA入りできる実力があったと証言している。  アーテストは2001年のオフシーズン、次のシーズンからワシントン・ウィザーズでカムバックすることが決まっていた38歳のジョーダン、当時15歳だったレブロンが参加したピックアップゲームの場に立ち会っている。  アーテストはマッチアップしたジョーダンの肋骨を折ってしまい、3か月の長期機脱を余儀なくさせたこと、レジェンドから「心配するな」と直接電話がかかってきたことは、自伝でも綴られている有名なエピソードだ。  一方で、マイケル・フィンリー、ジェリー・スタックハウス、レイ・アレンら当時のNBAを代表するスタープレーヤーに交じってプレーしていたレブロンの無双ぶりについても、アーテストは今年『Players Tribune』で「俺はファーストブレイクで彼に腕をぶつけたけど、意に介さず料理していったよ。大きくて、強くて、誰も彼を止められなかった。それがレブロン・ジェームズだ。間違いなく素晴らしかった」と語っていた。    そして今回、『The Buster Show』に出演したアーテストは、2003年のNBA入りから通算3万4087得点、同9298アシストと史上初となる両部門で歴代トップ10入りを果たし、数々の最年少記録を打ち立ててきた”選ばれし者”に称賛の言葉を送っている。 「すべては思い出せないけど、レブロンとはオープンランで1、2回対戦したことがある。なぜ彼について覚えているかと言えば、みんな彼について話していたし、練習場に来ることを誰もが知っていたからね。彼は間違いなく15歳でNBA入りできたと思う。これはレブロンに関して世間が理解していないことさ。彼はわずか15歳にしてNBAのスタークラスだった。俺は実際に対戦して、将来的にNBAに入ることを予期していた」  アメリカ国籍選手は当時高校を卒業しなければNBA入りできず、現在も19歳以上かつ高校卒業後1年経過というのが前提となっており、現実的には15歳にして世界最高峰のリーグに身を置くことは不可能だ。しかし、コビーとともに2010年にレイカーズでリーグ優勝を果たし、エースキラーとして鳴らした熟練のアーテストをして、”あり得ない過程の話”をしてしまうほどレブロンは規格外だったということだろう。 「俺はあの時レブロンを観ることができてハッピーだったよ。もともとフィジカルはズバ抜けていたけど、NBAで再び会った時、さらに技術が磨かれて万能な選手になっていた。レブロンのフルスピードからの“チェイスダウンブロック”はお気に入りのプレーだ」  今季はポイントガードを務め、リーグトップの平均10.6アシストを記録するなど、35歳にして進化を続けるレブロン。底なしの”サクセスストーリー”はどこまで続くのだろうか。 構成●ダンクシュート編集部

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