TVドラマ『SHOGUN』で高まる日本文化のイメージ、次へ生かすために経済界がすべきこと
「日本食ブーム」を継続させよ
課題の2番目は、食文化の質の確保という問題だ。『SHOGUN』のブームとは直接は関係ないが、アメリカでも欧州でもアジアでも、日本食ブームはとどまることを知らない勢いだ。そんな中で、例えば日本国内では「インバウンド価格」だとして、内容の伴わない形で価格を釣り上げる動きがある。 アメリカの場合もブームに便乗して寿司やラーメンの店が猛烈な勢いで増殖している。けれども高い値段を取っている店の全てが質を伴っているわけではない。アメリカの飲食店の経営では、ブランド価値の拡大に投資する期間は味にも投資するが、客層の拡大に成功しブランド認知が定着した後は、原価を下げて利幅を取って初期投資を回収するという「短期利益中心の経営理論」が見られる。
例えばラーメンなどは、投資の回収段階に来ると露骨にスープを薄めて儲けに走るといった具合だ。そんなことを繰り返していては、最後にはお客に見放される危険がある。日本食ブームがこの後も拡大し続けるには、とにかく日本の国の内外における日本食の質の確保という問題に取り組む必要がある。
世界から注目される古典芸能を守れるか
3点目は、ブームを古典芸能へ拡大するという課題だ。日本の古典芸能、特に歌舞伎、文楽、能狂言、落語については、コロナ禍で受けた大きな打撃から十分に立ち直っているとはいい難い。加えて、人材難、ファンの高齢化などの問題も深刻だ。 この『SHOGUN』の成功を受けて、日本国外でも安土桃山から江戸期への関心が拡大している。このブームを何としても、日本の古典芸能の維持と発展にも結びつけていきたい。 この点に関しては、本作の中でも殺陣や舞踊の様式美というのは、多少伝統からは逸脱しているものの、しっかり描かれている。本作のファンについては、誘導の仕方を間違えなければ伝統芸能への関心を高めることはできるはずだ。 とにかく、日本による時代劇長編ドラマに巨大なマーケットを確立したという、本作の意義は大きい。これをさらに幅広い日本文化の普及と啓蒙に結びつけていきたいものである。 キーワードは「知的なホンモノ志向」だ。例えば今後進められるであろう、IR(統合リゾート)構想にしても、客層としては「カリブ海や地中海などのカジノで豪遊する」層とは異なってくるはずだ。カジノで「健全に遊んで」もらうのは悪くはないが、彼らの日本文化に対する知的好奇心に応えることができなければ、それ以上の付加価値を売ることはできないと考えるべきだ。
冷泉彰彦