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50歳でレビー小体型認知症と診断、見つけ出だした「変わっていく自分」と柔軟に付き合う方法―樋口 直美『誤作動する脳』武田 砂鉄による書評

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◆自らを観察 「できる」を取り戻す 私たちは、体が、脳が、五感が衰えることを恐れる。やがて衰えていくという自覚を持ちつつ、衰えを先に延ばそうとする。できなくなったことが増えた人を見て、できることを保っている人が、自分はまだ恵まれていると感じる。その自覚はおおよそ暴力的だ。 “私たちには、それぞれまったく違う「できない」と「できる」があります。そして「できない」から「しない」のではなく、自分の「できる」を使って、「できない」を違う形の「できる」に変えて生活を続けています。” 本書を読んでもっとも大切にしたいと思った一文だ。「できる」「できない」は、共通概念ではない。 本書の著者は、50歳でレビー小体型認知症と診断された。ある時、鰻(うなぎ)屋の店先で、嗅覚(きゅうかく)が失われたことに気づく。「次に何を失うのだろう」。映画館である映画を見ていた際、闇から光に出るシーンで「ギャッ!」と叫んだ。目が潰れるかと思うほどの衝撃を受け、「私の行動範囲は狭くなる一方なのか」と涙を流した。 幻視や幻聴にも悩まされてきた。音楽を流しながら走る廃品回収車に脳が乗っ取られ、会話不能状態に陥る。起こっていない地震を感じ、布団のなかで床が傾いていると感じる。時間の遠近感、距離感も失われていく。あの時、今、これから、という感覚がない。自分と他者の間に「理解の橋」はかからず、「専門家の冷酷な解説」が、自分を社会から切り離そうとする。 ある時から、体から失われていくものを損失と捉えるのをやめた。自分の体に起きた「異常」を「普通」に切り替えていく。「何でもない普通のことと考えれば、何でもない普通のことになる」。目の前にハエを見つける。それが本物か幻視かを追いかけ「本物だ!」と確信した瞬間に目の前で消えると心身へのダメージが大きい。だったら、「もういい、幻視でも本物でもどっちでもいい」。 誤作動を繰り返す自分の脳を、自らしつこく観察していく。見える世界が変わったなら、自分をその世界に再びなじませていく。「できる」と「できない」を区分けして、自分の「できる」を減らすのではなく、「できない」を軸にして、「できる」を取り戻す。 精神科医・中井久夫の著作から「なによりも大切なのは『希望を処方する』ということ」との言葉を引用する。変わっていく自分と柔軟に付き合う方法を見つけ出す。 人は、過去・現在・未来が、頭の中でキレイに整理されていると思い込む。本当にそうか。実際には混じり合っているはず。時間と記憶は溶けたり蒸発したりするけれど「見えなくなったからといって、苦にしなくてもいいんじゃないか」。その意味を繰り返し考えた。 [書き手] 武田 砂鉄 1982 年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年秋よりフリーライターに。 著書に『紋切型社会』(朝日出版社、2015年、第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』などがある。 [書籍情報]『誤作動する脳』 著者:樋口 直美 / 出版社:医学書院 / 発売日:2020年03月2日 / ISBN:4260042068 朝日新聞 2020年4月25日掲載

武田 砂鉄

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