モータージャーナリストの西川淳が語る、冬のオープンカー・ドライブの魅力 空はどこまでも繋がっている! マセラティMC20チェロは最高のパートナー
ちょっと寒いくらいがちょうどいい?
オープンカーといえば、「空」を意味するサブネームを持つマセラティMC20チェロを外すわけにはいかないだろう。屋根を開けてのロング・ドライブで西川 淳は何を感じたのか。 【写真43枚】冬のオープンカー・ドライブは爽快 マセラティMC20チェロがベストチョイスの理由とは? ◆旅とはそもそも過程を楽しむこと モーツァルトを気取っていえば「旅をしないクルマ好きは不幸である」と思う。クルマは確かに地点間の移動ツールだ。でも、どんなに離れていたとしても目的地を目指すだけのドライブは決して旅ではない。旅とはそもそも過程を楽しむこと。クルマ移動はその自由度が大きい分、プロセスを楽しむということへの親和性も高い。だからこそ、運転そのものさえ楽しめるクルマをパートナーとして選べば、楽しみのバリエーションはさらに広がると思うのだ。 今回のパートナーであるマセラティMC20チェロは、間違いなく筆者好みのロング・ドライブカーの一台である。クーペ版も含め東京から自宅のある京都へ連れ帰るのはこれが三度目。仕事とはいえ、否、仕事ならばこそ、同じモデルを複数回試すことなど稀ななか、450km走らせたいという気持ちが勝って今回も選んだということなのだから……。しかもチェロはオープンだ。プロセスに変化をつけるという意味でも、オープンの価値は大きい。今回もまずは屋根を開けて走り出した。ちょっと寒かったけれど。 私のオープンカー歴はスーパーカー歴に比べて少なめ、だ。今でこそガレージにはBMWのE46カブリオーレ(通称しろかぶ)が収まるが、他には4、5台を思い出すのみで、所有歴の一割にも満たない。オープンカーが嫌いなわけでもなく(好きだ)、我が身を晒すことが苦手ということでもない。シンプルに憧れが強すぎて、似合う男になってからだ、などとかえって購入のハードルを自ら高くしてきた、ような気がする。 そうであるがゆえ、オープンにしてドライブすることの楽しさは、たとえそれが借り物でのテストドライブであっても、いつだってサーキットを懸命に走ることなんかよりランクは上。それこそガレージを出た瞬間から、ワインディング・ロードはもちろん、街中や高速道路でも心昂ってしまう。オープンカー=屋根のないクルマはプリミティヴな性能を今に伝えるスタイルだから、そういう気分になるのではないか。ドライビング・ファンの根源は、機械を操作して思い通りに動かすことにある。ならば、動いたことへの実感に風や空や匂いでコントラストをつけてくれるオープンカーに乗ることでより一層の興奮を覚えたとて、それは当然のことなのだろう。 ◆全身で太陽を浴びる 秋をすっ飛ばし、冬を感じさせる冷たい風が髪を逆立てている。全てのウィンドウを立て、冷気を吹き飛ばさんと右足に力を込めた。MC20チェロのオープンカーとしての美点は、他のミドシップ・スパイダーに比べて断然、空を感じることができるところだ。上目遣いでも十分に青空が見える。チェロという名はイタリア語で空を意味する。このクルマは屋根を閉じていても、ガラスルーフを通して空を感じることができるから敢えてそんなベタな名をつけたわけだけど、もちろん、スパイダーにすればもっと空を楽しむことができるのだという大前提もあったはず。 日差しが強くなってきた。夏ならゆでダコ必至だが、晩秋であればそれだって心地よい。太陽光を直接浴びる機会がめっきり減った。 高性能ミドシップカーながらロング・ドライブに好んで使う一番の理由は、MC20もまた、マセラティの伝統に則ったパーフェクトなグラントゥーリズモであるからだ。そのことはスパイダー・ボディのチェロでも変わらない、どころか、よりGT風味が増している。MC20が5000万円以下のミドシップスーパーカー群にあって最もユニークなポイントは、プリプレグ成型のカーボン・モノコックボディを備えることにあり、それがオープンボディ版でのロング・ドライブをより心地よく感じさせる最大の要因にもなっていた。 軽量で強靭なCFRP製のバスタブはルーフパネルを外しても十分にしっかりしている。しっかりし過ぎているためクーペ版ではどうしてもところどころに角張って何かが張り詰めたような印象が出ていたのだが、ルーフパネルのないチェロなら軽く肩の力を抜いた感覚もあって、少し角の取れたライドフィールを得る。これが長距離ドライブに適した心地よさをもたらしたというわけだった。 ドライサンプ式“ネットゥーノ”エンジンのうなりが室内に降り注いだ。どこまでも平和な青空とときおり入り混じる緑、そして人工的で力強いサウンドのコントラストが面白い。積極的に風を感じたくなった。そう、全てのウィンドウを下ろして。持てる高いGT性能より、さらにもう一段と素晴らしいスポーツカーとしてのパフォーマンスを存分に楽しんでみたくなったのだ。そのぶん京都は遠のくけれど、急ぐ旅でなし、これもまた一興だ。ついでにランチの旨い店でも探してみよう。臨機応変も旅の醍醐味というものだろう。 それなのに関西風に焼かれた鰻をお重でいただいていると、なぜだか急に妻と猫の待つわが家が恋しくなってきた。海外出張続きでほとんど帰れていない。まだ200kmも残っているが、遠いとはまるで思わない。よくできたGTなら、朝飯前ならぬやつどき前か。さぁ、家路を急ごう。 MC20チェロには山と直線とトンネルだらけの新東名よりも、山に海にカーブと富士がきれいな(旧)東名がお似合いだ。下りの新東名は、富士山もよく見えない分、余計に味気ない。浜松から東名に入り直した。 伊勢湾岸に入ると舞台が転換したかのように空も景色も一気に人工的になった。V6サウンドも心なしか元気に内と外を震わせている。途中でしっかり休憩したせいもあって、身体はよくシートに馴染んだままで、まるで疲れを感じていなかった。 新名神から名神へ。交通量が一気に増える。躊躇いなく群れの中をスイスイと泳いで行けるのは、身体がすっかりマシンの一部となっているからだ。京都東インターで降りた。わが家まで、あともう少し。 インターを降りて混み出したいつもの道を走っていると、馴染みの空気に十分触れてしまったせいか、もうほとんど帰ってきた気分になって、少し寄り道してみようという気に。身体はもちろん、心も疲れていない。あれだけ風を浴びたというのに。明日はルーフを閉じて嵐山高雄パークウェイをすっ飛ばしてみるとするか。 京都には最新が何でもよく似合う。このクルマ然り。古くてずっと生きてきた街。一千年以上にわたって幾万の新物を取りこんできた。そんな空気感を味わうためにも京巡りにはオープンカーをお勧めしたい。たとえ高性能モデルであっても、馬で大路を練った平安貴族のような気分で、ゆったりと、そして、まったりと。 文=西川 淳 写真=望月浩彦 ■マセラティMC20チェロ プリマセリエ・ローンチ・エディション 駆動方式 ミドシップ縦置きエンジン後輪駆動 全長×全幅×全高 4670×1965×1215mm ホイールベース 2700mm トレッド(前/後) 1681mm /1649mm 車両重量 1750kg エンジン形式 水冷V型6気筒DOHCツインターボ 排気量 2992cc 最高出力 630ps/7500rpm 最大トルク 730Nm/3000-5750rpm トランスミッション 8段デュアルクラッチ式自動MT サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン/コイル サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン/コイル ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク タイヤサイズ (前) 245/35ZR20(後) 305/30ZR20 車両本体価格 (税込) 4438万円 (ENGINE2025年1月号)
ENGINE編集部