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「えっ!? 大丈夫なの?」と周囲が心配……かつて「女性ひとり旅」は超絶マイナーな趣味だった

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アーバン ライフ メトロ

「GoTo」の東京スタートに寄せて

「女のひとり旅」という言葉が、女性たちから特別な支持を受けていた時代というのがありました。 【時代の先駆者】1972年の雑誌『anan』、ひとり旅をおススメする  今では、男女どちらでもひとり旅なんて当たり前です。むしろ、人と一緒の団体行動は気疲れしてしまう、という人も少なくないかもしれません。筆者の知り合いの男性は「どこでもひとりで旅をしている女性は話の引き出しも多いし、とても魅力的」と話していました。  2020年10月1日(木)からは東京発着を対象にした「Go Toトラベル」キャンペーンもスタートしました。家族や恋人、友人同士はもちろんですが、たまにはひとりで東京の喧騒(けんそう)を離れ、自分自身と向き合いたい、という女性も多いのではないでしょうか。  しかし、平成の半ば頃までは女性がひとりで旅をしていると、特別なものとして扱われることがありました。例えばなにか失恋とか、いろいろワケがあってひとり旅をしているのではなかろうか――などと勘繰られたのです。  また、これは男性でも同様なのですが、ひとり客は宿に宿泊を断られることもありました。ふたり以上でないと泊められない、というのです。泊めてくれても、なんだか仲居さんがちょくちょく声をかけにくる……。  おそらく、何かを深く思い詰めた末にフラリと旅に出た、とでも思われたからなのでしょう。  たまには東京の日常からたったひとりで抜け出したい、と思っても、なかなか難しい時代だったのです。

初期イメージは『いい日旅立ち』

「女のひとり旅」が最初に話題になったのは、1970年代前半です。  当時、国鉄が行った「ディスカバー・ジャパン」は、それまでの団体旅行に替わって個人旅行を喚起するためのキャンペーンでした。  これを契機に個人旅行をする人が増加。なかでも目立つようになったのが、いわゆるアンノン族。雑誌『anan』や『non-no』の旅行特集に影響を受けて、個人や少人数で旅行に出るようになった女性たちを示す言葉です。  こうした女性たちが求めたのは、今でいう「癒し」の要素でした。そのため、各地の「小京都」と呼ばれるような地域や、妻籠宿(つまごじゅく)のような宿場町などがウケました。  女性旅行者の増加を意識して国鉄が用いたコマーシャルソングが山口百恵の『いい日旅立ち』だったあたり、精神面での充足にも重きが置かれた、少しウェットでセンチメンタルな旅が好まれていたような気がします。  そんな旅の事情が変わったはバブル期やその崩壊以降。  バブル景気の時代は国内・海外かかわらず、遊びのために旅行するのが当たり前です。バブル以前までは国内旅行でも、一世一代だとか、人生を変えるために……みたいな精神性がありました。  令和の現代となっては何だか失礼な話なのですが、1980年代前半までは女性が旅に出るというだけでビックリされたものでした。  アンノン族のブームはあったものの、国内であってもひとり旅に出かけるというだけでいろいろと邪推されます。それが海外にひとりで行くともなると、それ自体がニュースというか事件です。

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