アジアン・ヤング・ジェネレーション~香港(2)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
そしてなによりも戸惑ったのは、なぜかビールはほどほどに、彼らがひたすらに熱いジャスミンティーを飲み続けたことだ。ひとり20杯近く飲んだのではないだろうか。 こういう、食文化というか、食事の文化の違いに触れるのも、海外の研究者と食事をする際に、なかなか興味深いところのひとつである。日本の場合、最初に入った居酒屋で食事をしながらだらだらと数時間近く酒を飲み続けるパターンが多いが、海外でそういう文化に触れたことはない。韓国なんかは日本のそれに近いかもしれないが、私が経験したパターンでは、最初のお店はあくまで食事がメインで、食べることに集中してサクッと済ませる。そしてその後に店を変えてアルコールにいそしむ、というケースが多かった。最初からだらだらと酒を飲み続ける、というのは日本特有のパターンであり、ある意味で、日本独特の食事の文化のひとつなのかもしれない。 それにしてもまさか、ひたすらにお茶を飲み続ける、というパターンがあるとは思わなかった。これが香港の文化なのか、はたまたこのふたりの個性だったのかは、香港初訪問の初夜の私にはわからなかった。しかし、亜熱帯から熱帯地域諸国あるあるの「室内ではエアコンガンガン文化」はここでも健在で、16度(!)に設定された冷房がガンガンに効いたレストランで、パーカーを羽織り、軽く震えながら熱いジャスミンティーを飲み続ける、というのはなかなかに新鮮な経験であった。もしかしたらこれが本場の飲茶なのだろうか......などという思いが頭をかすめたりもした。
■アジア発の研究を! ヒンは見た目通りのなかなかに熱い男で、「これからはアジアで連携と連帯を!」「これからはわれわれの世代で盛り上げていかなければ!」「ヤングジェネレーション万歳!」などと、事あるごとに発奮していた。これがロシアだったらウォッカで、メキシコだったらテキーラで、韓国だったらチャミスルで、その宣言のたびに乾杯をしていたのではないかと思うほどの勢いであった。しかし、この3人で乾杯されるのはいつも、熱いジャスミンティーの入った中国茶用のティーカップだった。 ジャスミンティーのせいで話が少し反れたが、実はこのヒンの数々の熱い発言にこそ、アジア発の研究の課題が凝縮されているともいえる。 まずそもそも、欧米とは地理的な距離があり、時差がある。相互にスムーズに連絡がとれる時間帯にも制約がある。日本の場合にはさらにそこに、言語という高い壁がそびえている(香港やシンガポールの公用語には英語が含まれているので、欧米とは言語の障壁がない、あるいはとても低い)。 世界の科学を先導するアメリカの存在感はもちろんだが、サウジアラビアでの会議(71話)を探る感じ、中東呼吸器症候群(MERS)というコロナウイルスの研究に関しては、現状、ヨーロッパが主導権を握っているようだ。これも、発信源のアラビア半島との地理的な距離の近さが大きな要因のひとつだと思われる。 MERSがそうであるならば、あとはもう言わずもがなであろう。SARSのアウトブレイク、新型コロナのパンデミックの震源地はどちらも東アジアなのに、われわれがその研究分野をリードできていないのはなぜか? SARSも新型コロナも、当然中国の存在は無視できない。しかしだからといって、中国がこれらの研究を先導する立場にあるかといえば、必ずしもそのような状況にはない。なぜなら、少なくとも私が知るかぎり、私が香港を訪問した2023年時点では、感染力のある新型コロナウイルスそのものを使った研究は、中国(メインランドチャイナ)では禁止されていたからだ。