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平野啓一郎/追悼・古井由吉「日本文学は精神的支柱を失った」〈文学の話をしていて、一番楽しい人でした〉――文藝春秋特選記事【全文公開】

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文春オンライン

 古井由吉さんが亡くなられて、文壇の精神的な支柱が欠けてしまったような寂しさを感じています。  古井さんとお話ししていると、自分が親しんできた日本文学の一つの系譜に、自分も接続できているような喜びがありました。古井さんは、森鴎外や夏目漱石、あるいは二葉亭四迷のように、小説家であると同時に、西洋文学に通じた一人の教養豊かな学者であり、思想家でもある系譜を継ぐ方でした。  その系譜は、近代日本文学の大きな幹の一つです。古井さんがいなくなってしまったら、その系譜を継ぐのは誰だろうか。そう思うと、ちょっと心もとない気がします。文壇という見取り図のなかで、古井さんが抜けた「穴」の大きさに改めて気づかされます。  葬儀は密葬でした。古井さんは、「死んでいながら生きている」、あるいは「生きながら死んでいる」ような、生死の境界が曖昧な世界を描いてきました。密葬から公表まで、皆が古井さんは生きていると思っていたのに、実は亡くなっていたという数日があったのは、古井さんらしく、また古井文学らしいと感じました。 ◆◆◆  2月18日、古井由吉氏が肝細胞がんのため亡くなった。享年82。  古井氏は1937年、東京生まれ。7歳で東京大空襲を経験。60年、東京大学文学部ドイツ文学科卒。金沢大学、立教大学で教鞭をとる傍ら、ドイツ文学の翻訳に携わる。68年、30歳で処女作「木曜日に」を同人誌『白描』に発表。70年より作家業に専念し、翌年『杳子』で第64回芥川賞を受賞。社会的なイデオロギーから距離を置き、人間の内面を見つめた「内向の世代」の代表的な作家として確固たる地位を築く。86年、芥川賞の選考委員に就任(第94~132回)。晩年まで作品を発表し、旺盛な執筆活動を続けた。  平野啓一郎氏は99年、京都大学在学中に『日蝕』で第120回芥川賞を受賞。23歳の受賞は、当時史上最年少。選考委員の中で、とりわけこの作品を高く評価したのが古井氏だった。

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平野 啓一郎/文藝春秋 2020年5月号

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