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日本のクイーン・オブ・アスリート は寂しがり屋。ヘンプヒル恵の素顔

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~クイーン・オブ・アスリートを目指して~ヘンプヒル恵インタビュー プライベート編 ◆競技編はこちら>> ヘンプヒル恵選手、厳選フォト集  2日間にわたり、七種目(100mハードル、200m、800mを走り、走り高跳び、走り幅跳び、砲丸投げ、やり投げ)を戦い、総合力を競う七種競技。その競技で、日本選手権3連覇を達成し、日本記録に迫る自己ベストを持っているのがヘンプヒル恵(めぐ/アトレ)である。  競技編では七種競技の話を中心に、ケガを経験して変化した心情や東京五輪延期の影響など、アスリートとしてどう競技と向き合っているのかを語ってもらった。このプライベート編では幼少期の話から大学時代まで、競技を離れたところから見えてくる、あらたな一面を一問一答で掘り下げていく。 ――陸上を始めたきっかけは?  中学校に入学したとき、1年生に向けた部活動紹介を陸上部の先輩たちがしていたんです。みんな短髪でTシャツイン、真っ黒に日焼けをしているその姿を見て「この人たちガチだ。本気でやっている」と感じたんです。陸上部に入りたいというよりも、「この人たちかっこいいな」っていう気持ちの方が先でした。何かやるなら本気でやりたいと思う性格なので、そのテンションのままダッシュで家に帰って「私、陸上部に入る!」と両親に言いました。びっくりしていましたね(笑)。 ――幼少期はどんな子供でしたか?  小学生のころは、友達は男の子ばかりで、サッカーやドッジボールなど、休み時間はずっと外で遊んでいるタイプでした。けんかになっても、男の子を泣かせてしまうこともよくありましたね(笑) ――陸上に限らず、スポーツは何かしていましたか?  小学校4年生から6年生までハンドボールをやっていました。そこで投げる感覚を覚えたので、初めてやり投げをした時は思ったよりもスムーズに投げることができて、ハンドボールが役に立っていると感じました。

――七種競技はどういった経緯で始めたんですか?  中学3年生の時に、陸上部の顧問の先生から「(中高一貫の)高校では400mハードルと七種競技のどっちがいい?」と聞かれたんです。混成競技もやりたいわけではなかったけど、400mハードルがどうしても嫌だったから、消去法で七種にしました。今思えば、何でその2つの選択肢だったのか、不思議なんですけど(笑)。 ――初めての海外遠征はいつですか?  高校2年のときに、ウクライナへ世界ユース選手権で行った時です。自分の力を試すというよりも、初めて行く場所はどんなところだろうというワクワク感のほうが強かったです。 ――初めての海外の選手と戦った感想は?  初めて戦った海外の選手たちはすごく大きくて、体つきも全然違いました。「日本では(自分も)大きい方だと思っていたけど、ここでは全然小さいじゃん。同じ17歳なのに一生懸命頑張っても届かないレベル。ここからこの差をどう埋めようか......」という不安も漠然と感じていました。 ――自分はどんな性格だと思いますか?  陽気で「大丈夫、何とかなるよ」っていう父の性格と、慎重な母の性格を半分ずつもらっていると思います。混成競技をやっていてそれはすごく感じるんですが、うまくいかなかった種目から気持ちを切り替えられるところは父に似ていて、逆に、大丈夫なときほど慎重になるのは母似だと思います。

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