鬼滅の刃、長澤まさみ、愛の不時着…作家・榎本憲男が選んだ2020年「血と絆の3本」
新型コロナウイルスと人類の闘いは終息の気配すらないまま、1年が終わろうとしている。今年、コロナ禍で観客を集められない映画業界は大打撃を被ったが、それでもヒット作や話題作はあった。映像作品に造詣が深く、『インフォデミック』『コールドウォー』の連続刊行が話題の小説家・榎本憲男氏が、2020年の3本を「血と絆」という独自の視点で切り取る。 【写真】毒親を演じた長澤まさみ、『愛の不時着』出演者たちの写真
* * * 2020年はコロナ禍の中、会社から家庭へと人は活動拠点を移した年だった。その結果、家庭の絆が深まるという僥倖がもたらされもしたが、家庭に問題を抱える者にとってそこは地獄と化した。 なんとか今年公開にこぎ着けた映像作品は前年に撮られていたものがほとんどであったが、注目を集めた作品は家族や血の絆を描くものが多く、まるでこのことを予言しているかのようでもあった。 『鬼滅の刃』(原作:吾峠呼世晴 監督:外崎春雄)の大ヒットには驚かされたが、この目を見張るような成績はコロナ禍での状況がもたらしたものとは言えないだろうか。 人と鬼の戦いを描くこの作品では、鬼は力はあるが、絆がない存在として描かれる。かたや主人公の竈門炭治郎はヒーローとしては驚くほど弱く、努力によって成長はするもののそのスピードは遅々たるものである。つまり、物語が始まってから、辛勝を重ねてはいるが、常に後退戦を強いられている。 その代わり、炭治郎には絆がある。絆がなければ人は人でなし、つまり鬼になってしまうというメッセージと、強欲な強者である鬼は幸せなのかという問いかけが、本作には込められているようだ。
長澤まさみが『マザー』で演じた母親役のおぞましさ
一方、問題のある家庭に留め置かれた子供が味わう地獄は『マザー』(監督:大森立嗣 脚本:大森立嗣、港岳彦)で壮絶に描かれる。 この母親役を演じるにあたって、長澤まさみは増量して現場に入ったという。その自堕落で身勝手な母親は実にリアルでおぞましい。本作によって、長澤まさみは役者として次のステージに進んだと言っても過言ではないだろう。 しかし、この母親を見るにつけ、母性も血の絆も幻想に過ぎないという気分になり、そこには腐りきった共依存があるだけで、もはや家族という単位こそ疑うべき時が到来しているのではないかという気さえしてくる。 監督・脚本の大森立嗣は、この母親と息子に世間から排除されたものどうしの絆を見ようとしているようだ。このような強引さは、アカデミー賞作品賞を受賞した韓国映画『パラサイト 半地下の家族』(監督:ポン・ジュノ 脚本:ポン・ジュノ、ハン・ジンウォン)にも見られた。