Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

生き残った私は幸せになっていいのか。罪悪感を抱く人にこそ、天童荒太は言葉を届けたい

配信

  • この記事についてツイート
  • この記事についてシェア
BuzzFeed Japan

作業員たちはタブーでもなければ、聖人でもない

そんなサバイバーズギルトを描く中で、除染作業に取り組む人々の姿を取りあげた背景にはある思いがある。 「原発の中も取材させていただく中で、そこで働いている労働者の息遣いを間近に感じました。防護服を脱げば、汗だくで、ぜえぜえと息をしている人もいた。そうした人々を間近で見て、この人たちの“真実“は誰が告げるのだろうかと思っていたんです」 福島第一原発やその周辺を取材する中で目にしたのは、原発の可否といった政治的な判断とは全く異なるレイヤーで、そこで暮らす人々の姿だった。 「除染作業も1つの労働で、その仕事をして生きている人がいる。彼らの存在はタブーでもなければ、聖人でもありません。彼らはその作業でお金を稼いでいるのも事実です。そんな彼らの姿を誰が表現して届けるのか、そこにこそ問題の本質があるのではと考えました」

辛いことは忘れて、前に進むべきなのか?

東日本大震災の被災地を訪れ、現場を目にするたび、「被害の大きさに圧倒された」。被害にあった人々の声に耳を傾けるたび、「この現場を描くことができるとしたら、それはノンフィクションだ」という思いが強固なものへと変わっていったと振り返る。 しかし、震災から3年が経過した頃、様々な報道を目にする中で小説が果たすことのできる役割を天童は見出した。 「3年が経過した頃から、辛いことは忘れて、次に進もうといったメッセージが少しずつ増えきた。テレビには以前のように店を構えることができた方が登場し、『がんばろう東北!』と声を上げる。そして、それを見て、日本中が『ああ、東北も元気になったんだね』と思うわけです」

「しかし、東北へ行く中で感じるのは、テレビに出ることができる人は元気になった人だということです。裏を返せば、まだ出てくることができない人は少なくない。テレビになんて映りたくないと思う人は山のようにいる。でも、その人たちのことは、忘れられていくんです」 テレビは映りたくないと言う人を映すことはできない。マスコミも、語りたくないと言う人の話を聞いて、書くことはできない。「それができるのは、小説だけだ」。 まだ光の当たっていない人々の声を可視化する。それが震災についての物語を書いた理由だった。

【関連記事】