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ドイツでベーシック・インカムの実証実験が始まる──3年間、月15万円支給

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ニューズウィーク日本版

──ドイツの挑戦

人々はより自由になり、危機に対する回復力を持ち、持続可能な生活を実現できるのか? それとも、働かないで怠惰になるだけなのか? コロナ危機の中、世界中の人々の関心を集めているのが、無条件ベーシック・インカム(UBI)である。UBI(Unconditional Basic Income)とは、国民全員に、生活に必要とされる現金を無条件に支給するという施策である。 【写真特集】セクシー女優から受付嬢まで、トランプの性スキャンダル美女たち コロナ・パンデミックは、社会構成員としての私たちの生活を根底から揺るがしている。危機の時代に新しい答えを見つけるため、UBIをめぐる社会実験がドイツでスタートした。今後3年間で、UBIが実際にどのように機能するかを明らかにするための長期研究が開始される。 2020年8月中旬に始まったドイツの実証実験の第1フェーズでは、研究のために1,500人の被験者が採用される。そのうち120人が無作為に選ばれ、一人あたり月額1,200ユーロ(約15万円)が無条件に3年間支給される。残りの1,380人の研究参加者は、研究で観察された変化が、実際にベーシック・インカムによるものであることを確認するための比較グループとして機能する。 実験プロジェクトの参加者は、ベーシック・インカムに加えて自由に収入を得ることができる。ドイツの永住者で、18歳以上であれば誰でも、研究への参加を申し込むことができる。申請者は、連絡先情報、性別、世帯の人数、世帯の子供数、および学歴、純収入、社会的負担額など、申請者の全体的な生活状況に関する追加情報を提供するオンライン・アンケートに回答する必要がある。 100万人が調査への参加を申し込んだ段階で、抽選で120人が選ばれ、実証実験が開始される。または2020年11月10日、その時点までに登録した人から参加者が選択される。この調査には、基本の母集団ができるだけ大きく多様である必要がある。それにより、データ品質が大幅に向上するため、多数の申請者が必要なのだ。ベーシック・インカムは2021年の春から支払われ、3年間の研究の過程で、各参加者は、雇用、時間の使用、消費者の行動、価値観、健康に関する質問を含む6つのオンライン・アンケートに回答する。 ■ UBIの資金調達 この調査は、UBIの支援団体である 「基礎所得協会」 とドイツ経済研究所が共同で行う。UBIが、私たちの社会を強靭で持続可能なものにする可能性を本当に持っているのかを確認するために、120人に3年間、毎月1,200ユーロを支払うには、約520万ユーロ(約6億5千万円)の予算が必要だ。 基礎所得協会によると、この資金は14万人以上の民間の寄付者から集められるという。これまでもUBIの導入にはさまざまな議論があった。受益者への影響に加えて、資金調達は重要な問題である。ドイツ経済研究所所長のマルセル・フラッチャー氏がドイツの日刊紙Zeit Onlineに寄稿した記事によれば、ドイツの国民1人当たり月間1,200ユーロで計算すると、約1兆2000億ユーロ(約150兆8.100億円)になり、これはドイツの年間経済生産高の約30%に相当する。これを政府がどう賄うことができるかが、一番大きなハードルである。 ■ ベーシック・インカムは実現できるのか? ベーシック・インカムの概念は、今から500年以上前にさかのぼる。それは、英国の人道主義者トーマス・モアが、代表作『ユートピア』の中で触れていたアイデアだった。当時のアイデアは、泥棒や盗難の原因を打ち消すための、つまり貧困と悲惨さを解消する方策だった。 ベーシック・インカムは、歴史の区切りでも繰り返し議論されてきた。「1848年革命」として知られるヨーロッパ各地で起きた社会主義革命、2つの世界大戦の前後にも、そしてベルリンの壁の崩壊を中心に議論は続いてきた。そしてコロナ危機によって、ベーシック・インカムは世界中で検討され、ますます関心が高まっている。 2016年、スイスではベーシック・インカムの導入の是非を問う国民投票が実施されたが、市民は否決を選んだ。UBIを実現するための最大のハードルはその資金調達であり、人々は働く意欲を失って、怠惰に生活するだけだという懐疑論も根強いことが明らかとなった。 フィンランドでは、2017年1月より、無作為に抽出した失業者2,000人にベーシック・インカムを2年間、実験的に支給した。その額は月に560ユーロ(約7万円)で、充分な額ではなかったことから、この実験を失敗だったと評価する報道もあった。しかし、フィンランドの政策担当者は、すくなくとも一定の効果が認められたと主張し、現在でも検証作業が行われている。 一方、UBIについては非常に肯定的な議論もある。それは人間の前向きな可能性に基づいている。人間は社会的な存在で、彼らはコミュニティの一部となることで充実感を見出し、社会に貢献する本質的な動機を持つ。UBIのような社会システムの導入は、こうした動機を強化するという主張である。UBIは、人々の創造性や就労意志、社会参加などに、前向きなインセンティブを与えるというのが肯定論の主旨である。 ■ UBIエコシステムの先端都市ベルリン ベルリンはUBIのホットスポットである。暗号通貨やブロックチェーン技術を駆使したUBIエコシステムをめざすGoodDollarは、起業家、技術者、慈善家であるヨニ・アッシアによって2018年に創立された。富の格差という課題に対処するための技術革新をめざすアッシアは、2000年代半ば以来、ベーシック・インカムと富の資本配分に対するさまざまなアプローチの擁護者だった。 アッシアは、資本市場への進出を果たすため、2007年にeToroを起業し、今では100か国以上から1,200万人以上の登録ユーザーがいる世界最大のソーシャル投資ネットワークに成長した。GoodDollarは、新しいデジタル資産テクノロジーを通じて、世界共通のベーシック・インカムを実現するための持続可能なフレームワークを作成している。 さらにベルリンは、オープンUBIコミュニティと呼ぶ最先端UBI技術の中心地でもあり、グローバルにアクセス可能なUBI用の電子暗号通貨“Circles“も開発されている。将来UBIが実現すれば、現金の代わりに暗号通貨で支払われる可能性もある。 ドイツでは、UBIを求めるオンライン請願書に、すでに40万人を超える支持者が署名している。首都ベルリンでは、多くの人々がコロナ危機の間に自らの生存を確保するために、UBIの実施を政府に要求するデモも盛んである。以前は社会主義のユートピア理念であったものが、具体的な政策として、複数の国家がベーシック・インカムの導入を真剣に考えはじめていることの変化は見逃せない。 ■ 加速するUBI実験 UBIをいかにして成功させることができるのか?懐疑論と肯定論が交差する中、コロナ危機はこの施策の検討を加速させてきた。ローマ法王や国連開発計画(UNDP)が、危機の間に貧困に脅かされている人々を救うために、各国政府にベーシック・インカムの導入を求めたことも大きな要因である。 私たちの時代の大きな課題の1つは、社会の富と貧困の二極化を制限し、より多くの人々に社会参加の機会と真の平等を可能にすることだ。UBIがこれらの目標を達成するための未来志向のツールになり得るかどうか、それを知る機会は、社会科学の研究と調査に委ねられている。 フィンランドのUBI実証実験は、めぼしい成果はあったものの、資金調達が最重要の課題として残っていた。スイスの国民投票でUBI導入は否決されたが、ドイツではまだ研究が必要とされている。ドイツ経済研究所 (DIW) の研究員であるユルゲン・シュップ博士は、「これまでの世界規模の実験は、現在のドイツでの議論にはほとんど役に立たない。この研究は、何年にもわたって行われてきた無条件ベーシック・インカムに関する理論的議論を、社会的現実に変える大きな機会である」と述べている。 ■ ベーシック・インカム施策の核心 人々にお金を与えるだけで、それがすべての人に良い影響を及ぼすとは限らない。人々は非常に異なる存在である。人々は与えられたお金でアルコールを購入し、家に閉じ込もるかもしれない。社会的に恵まれない若者の大規模なグループに、お金を与え、彼らがそれによって社会に参加することを期待するだけでは意味がない。つまり、UBI政策とは、資金の提供と同時に、彼らに対する持続的な社会参加への支援が必須なのだ。 ドイツの実験を後押しするように、欧州連合(EU)全体としての調査の取り組みも2020年9月25日から始まる。これは、「無条件ベーシック・インカムに関する欧州市民イニシアチブ(ECI)」と呼ばれ、「EU全体でUBIを開始する」ための準備となる取り組みである。これには、EU市民の署名収集ページへのリンク、EU市民のイニシアチブに関する一般情報、UBIイニシアチブに関する特定の情報、無料のアプリケーションと議論資料、キャンペーン・アライアンスに関与する組織の概要とサポーター・リストが含まれている。 EUのイニシアチブに貢献するドイツの目的は、少なくとも30万人の賛同署名を集めることである。UBIが将来実現可能な施策であるか否かは、ドイツで始まる実証実験の成果にその命運が託されている。

武邑光裕

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