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70年前はプロ野球よりも大学野球が人気? スポーツ紙で見る過去と現在の野球の扱い

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一目でわかるのは写真の大きさ! 違いを生んだ最大の要因は

 パ・リーグ創設70周年を記念してお送りする特別企画。日刊スポーツよりご提供いただいた紙面を参考に、全10回で当時のパ・リーグを振り返る。また、野球殿堂博物館の井上裕太学芸員より当時についての詳細な解説もいただいた。 【画像】両チーム合わせ35得点のなった1950年3月16日・西鉄-東急の結果を伝えた日刊スポーツの紙面  これまでは、今から70年前、1950年に発足したパシフィック・リーグ(太平洋野球連盟)の経緯、そしてその初年度の印象的な試合について取り上げてきた。第5回ではいったん閑話休題、1950年と2019年の記事の比較を通して、日刊スポーツの紙面に注目していきたい。  まず目に飛び込んでくるのは、紙面における情報量の違いだ。1950年の記事では一面に数多くのスポーツに関する話題が扱われている。一方で、2019年の記事では日本ハム・吉田輝星投手のプロ初先発初勝利が、躍動感あふれるカラー写真で伝えられている。  こうした違いを生んだ要因の一つには、ページ数の違いがある。1950年の日刊スポーツは4ページ構成。それに対し、2019年は20ページ以上で構成されている場合が多い。そのため、記事内で吉田輝星投手が投じた球種の割合などを、グラフを用いて視覚的にも伝えることができている。

70年前の新聞記事からわかること

 1950年の紙面の左下で扱われている「日本復帰問題を上程」という記事に注目してほしい。記事内では、1952年に開催されるヘルシンキオリンピックにおいて、日本が参加国に復帰するかどうかについての議論が行われている。  また、右上の記事ではアメリカから派遣された体操選手に関する話題が扱われている。先述したオリンピック復帰についての記事と合わせれば、当時の日本のスポーツが徐々に国際化を迎えていたのではないかと考えることもできる。このように、新聞紙面は当時の社会状況について観察する貴重な資料であると言えるだろう。  複数の話題が扱われている1950年の紙面上でも、特に大きく扱われているのが右下の「大学野球」についての記事だ。井上さんによれば、当時の大学野球はプロ野球に匹敵、もしくはそれ以上の人気を誇っていたという。 「六大学は特に戦前などではものすごい人気を誇っていたので、戦後直後もその人気は続いていました。有名な選手も多数輩出しているので、紙面上ではそこに注目すると面白いですね」  六大学野球で使用されている明治神宮野球場は大学野球の「聖地」ともいうべき場所だが、70年前はプロ野球の試合は開催されていなかった。紙面上からは、明治神宮野球場から誕生した当時のスター、そしてのちの野球界に多くの功績を残した方々を見つけ出すことができる。まずは、1950年の春から3連覇を成し遂げた早稲田大学のメンバーに注目したい。

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