松田聖子の80年代伝説Vol.8 乙女心がおしゃれなWジャケットにギュッと詰まった6thアルバム『Candy』
昭和から令和へと変わってもトップアイドルとして輝き続ける松田聖子さん。カセットテープ1本から彼女を発見し育てた名プロデューサー・若松宗雄さんが、24曲連続チャート1位という輝かしい伝説を残した松田聖子さんのシングルと名作アルバムを語る連載。
第8回目は、未だ誰の追随も許さない乙女ワールド全開の6thアルバム『Candy』について。 【写真】松田聖子懐かしの写真 ライター水原(以下M) 今回は1982年11月10日に発売された6thアルバム『Candy』のお話をぜひ。まずはタイトルの由来から。 若松さん(以下W) キャンディという言葉は、当時の聖子のイメージにピッタリだと思って付けたんです。 M 確かに甘酸っぱいキャンディ・ヴォイスと乙女心溢れる詞、そしてサウンドが炸裂していました。 W レコードの帯には「こころはバロックカラー、いまあなたとティータイム…聖子」と書きました。秋のイメージで、アイドルだけでなくアーティストとして詞の内容や歌に対する感じ方を噛み締めているような深みも出したかったので。 M 聖子さんは今も清楚で可愛らしくお変わりない。 W はい。でもね、松田聖子の本当の魅力は、かわいいとかきれいとか清楚とかそんなことだけじゃなく、都会的で洗練されていながらも野性味のあるところなんですよ。 M 確かに『Candy』はWジャケットでファッション雑誌のように4スタイルの聖子さんが楽しめます。レースのワンピースもあればフォトグラファーのようなコスチュームも。まさに野性的でタフな一面が垣間見え、しかも今見てもとびきりかわいい! W このジャケットは、フォトグラファーの武藤義(ただし)さんと、ソニーの様々なアーティストを手がけたデザイナーの山田充さんがアイデアを出してくださって。当事私が『anan』など女性ファッション誌を資料として読みこんでいたこともリンクしていますね。 M 聖子さんはこの時期から次々と髪型を変え、おしゃれアイコンとして女性から熱い支持を集めます。 W このアルバムも今思えば豪華な仕様ですが、存分にファンの方に楽しんでいただけたらと作りました。ファッション的なアイデアは、スタイリストの三宅由美子さんと聖子本人が出しあっていましたね。 シンガーソングライターの世界を聖子が歌うと一気に娯楽性がアップするんです。 ----------------------------- 『Candy』1982年11月10日発売。全作詞を松本隆が担当。可憐さと気の強さが揺れ動く絶妙な乙女ワールドは、まさに甘酸っぱいキャンディのよう。(写真1) 『Candy』|ジャケット|松田聖子(写真2) ジャンプスーツを新聞配達の少年のようにラフに着こなして。腕には英字新聞が山ほど。(写真3) レトロなキャメラで銀塩撮影。イメージはダンディなフォトグラファー?テレビでも聖子さんの最先端のヘアスタイルや衣装は80年代女子の心を鷲掴みにした。(写真4) ----------------------------- M 続いて曲のお話ですが、1曲目の『星空のドライブ』から疾走感がすごいです。歌い方も部分的にラップのようになったり。 W 財津和夫さんの曲と大村雅朗さんのアレンジを受けて、聖子が直感的に自分のものにしていますからね。私も、もっと語りっぽくとか、もっとハリを出してといった指示は出していました。 M 2曲目の『四月のラブレター』と6曲目の『Rock’nroll Good-bye』は大滝詠一さんの曲とアレンジですが、全体を通して聴くと全く違和感なく、むしろ絶妙なアクセントになっています。 W 大滝さんは、もしかしたら聖子ともう一度仕事がしたいと言ってくださっていたのかなぁ。松本隆さんから、また大滝さんと何曲かやっていいですか? とお話があり、嬉しかったですね。大滝さんとお仕事した『風立ちぬ』はアルバムも大ヒットし、聖子の世界を大きく広げてくれましたから。 M 今回の大滝さんとのレコーディングはスムーズにいったんですか? (詳しくは「松田聖子の80年代伝説Vol.5」参照) W はい(笑)。もう聖子のヴォーカルをよくわかっていただいていたので。 M 南佳孝さんの起用も新鮮でした。 W 佳孝は同じCBSソニーの所属で以前から面識があったし、ヒット曲も持っていて松本さんとも仲が良かった。松本さんと一緒にいい曲を作ってくれました。 M 『モッキンバード』は今も聖子さんがコンサートでよく歌っていますが、歌詞にチュン・チュルル・ルという童話のような擬音があり。『野ばらのエチュード』のトゥルリラや『ブルージュの鐘』のディンドンという言葉も印象的でした。 W これはもう松本隆さんならではの感性ですよね。どこか文学的な言葉を聖子が歌うとピタリとハマる。本当に長く愛されるいい楽曲を作っていただけたと思います。 ----------------------------- 秋の高原でポッキーが食べたくなる!トゥルリラは乙女の合言葉。 『野ばらのエチュード』は1982年10月21日発売。作詞・松本隆、作曲・財津和夫、編曲・大村雅朗。グリコポッキーのCMソングに起用され、サビのトゥルリラというスキャット風のフレーズが話題に。B面『愛されたいの』のイントロは2004年にMiss Mondayの『君に逢えてありがとう』でサンプリングされている。プロデュースしたLAアーティストが日本で出会った大村雅朗のサウンドに魅せられたのは、現在の世界的なシティポップブームを予感させる出来事だった。(写真5) ----------------------------- M そして翌年のシングル『天国のキッス』に繋がっていく細野晴臣さんの起用。 W 『ブルージュの鐘』と『黄色いカーディガン』も名曲ですねぇ。松本さんから、細野さんと若松さんは合うと思うと推薦されて。なんといっても細野さんは天才ですし私も新しいチャレンジが大好き。ぜひにとお願いしました。はっぴいえんどやYMOのメンバーだった細野さんと聖子の組み合わせは大成功だったと思います。 M よく見るとこの2曲はドラムスのクレジットがないんですよね。 W アコーステイックなイメージがある曲ですが、実はリズムパートは打ち込みなんです。大村雅朗さんの片腕として音作りをしていた松武秀樹さんはYMOのサポートもしていた方ですから。松本さん、細野さん、大村さん、松武さんの組み合わせは最強。実験もたくさんしていただきました。 M アルバムにミュージシャンのクレジットを入れることについて以前に「リスナーに音楽的な意識を持って聖子を聴いて欲しくて」と語られていましたが、載る以上、逆にミュージシャンも手を抜けなかったでしょうね。 W (笑)それは私の意図した部分ではなかったですが、結果的にそうなっていたかもしれません。しかし本当に一流の方が参加してくれました。 M これだけ名曲揃いだと、ボツになった曲はなかったのか気になるところですが。 W ないない。もちろん修整してもらったことはありますが、みなさんいいものを作ろうという意識が強かったので全部がうまくいく。これはもう会社と一緒なんです。 M 若松さん、社長も会長も経験されているだけに。 W みんなが同じ方向を見ていると、どんなプロジェクトも必ず成功しますよね。みなさん聖子に真摯に対峙して才能を持ち寄ってくださっていたので。そこにはやはり松本隆さんの役割が大きかった。新しいクリエイターを紹介してくださり、聖子もそれにしっかり応えていました。持ち前の明るさと前向きな心でね。 M この連載、毎回人生勉強になります。そういえば昨年放送された聖子さんの40周年の特番で、『野ばらのエチュード』を作曲した財津和夫さんが、聖子さんの曲は聖子さんに合わせるより、いつも自分が歌うような気持ちで作っていたとお話しされていました。 W それは大正解だと思います!! 聖子に媚びて作るとどうしても新鮮さがなくなる。私がキャンディーズを担当したときも吉田拓郎さんに曲を書いていただきましたが、独創的なシンガーソングライターとアイドルのコラボは予想を超えた新しい世界を生み出すので。 M ラストの『真冬の恋人たち』では杉真理さんがデュエット・ヴォーカルで参加していて驚きました。杉さん、作曲もしたかったんじゃないですか? W 私には何も言わなかったけれど(笑)、杉さんもいい曲書きますからね。このキャスティングは大村さんのアイデア。『Candy』は大村さんが、大滝詠一さんの曲とのバランスも含めてアルバム1枚を構築してくださっているので、大村さんの役割も大きかった。 M ♪かわいいね君~の部分は男性も歌いやすいので、全国の男子がここぞとばかりに聖子さんとの掛け合いを楽しんでいたんですよ。 W そうでしたか(笑)。 M 次回は、その杉真理さんも再び曲提供した傑作『ユートピア』のお話を伺います。お楽しみに。 Profile 若松宗雄/音楽プロデューサー わかまつ・むねお 一本のテープを頼りに松田聖子を発掘。芸能界デビューを頑なに反対する父親を約2年かけて説得。1980年4月1日に松田聖子をシングル『裸足の季節』でデビューさせ80年代の伝説的な活躍を支えた。レコード会社CBSソニーではキャンディーズ、松田聖子、PUFFY等を手がけ、その後ソニーミュージックアーティスツの社長、会長を経て、現在はエスプロレコーズの代表に。
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