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納得いく表現のために猫を…「時代劇の第一人者」平田弘史の狂気【牛次郎 流れ流され80年】

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日刊ゲンダイDIGITAL

【牛次郎 流れ流され80年】#35 「週刊少年マガジン」(講談社)や「週刊少年サンデー」(小学館)といった週刊漫画雑誌が創刊されるまで、漫画といえば主流は貸本だった。赤塚不二夫、楳図かずお、さいとう・たかを、水木しげる、水島新司ら、貸本漫画出身の漫画家も少なくない。  貸本漫画が隆盛だった1950年代、大阪で幅を利かせていた出版社が「日の丸文庫」だった。前出のさいとう・たかをや「劇画漂流」で手塚治虫文化賞を受賞した劇画の発案者・辰巳ヨシヒロらも同社が輩出している。時代劇の第一人者・平田弘史(83)も、同社の短編漫画誌「魔像」でデビューした。 「彼の時代劇は三島由紀夫が絶賛したというからね。確かに、その絵はすごいんだよ。抜いた剣を描かせたら、彼の右に出る人はいない。その刃を見ていると、本当に切れそうだもんなあ」  平田は徹底してリアリティーを追求する作家だ。時代考証のため大学の図書館にまで足を運び、納得がいくまで調べ上げた。擬音語にも妥協せず、時間をかけて描いている。 「平田さんは白土三平さんと親しくて、そのアシスタントが俺のところに遊びに来たことがあった。彼は『平田先生は怖いんですよ』って言うんだよ。人が人を切るときに一体どんな声を発するのかで悩んでいたらしいんだな。『ぬもおー』でもないし、『ごおおー』でもないって、納得がいかない様子だった。それで猫を天井からぶら下げて刀で切ってみたそうだ。猫は『うぎゃああー』って絶命したけど、自分が出した『うあああー』って声で分かったんだって。結局、最初の文字は『う』じゃなくて『ぬ』に点々になったそうだ。その話を聞いたときは、『ああ、ついていけねえなあ』って思ったよ」  毛筆で描く力強い文字にもファンは多い。大友克洋の漫画「AKIRA」の印象に残る題字も平田が手掛けたものだ。  かつて日刊ゲンダイでコラムを連載した映画監督の大根仁も、平田の文字に魅せられたひとり。本人たっての希望で、「大根仁が女優たちに告ぐ!」の題字をお願いしている。  何かに没頭して極めようとする姿勢は、字や絵を描くときだけに見られるわけではない。伊豆の自宅には仕事場のほか、趣味の機械工作に興じるための建物もあり、さまざまな部品が所狭しと置かれている。映写機の研究やシンセサイザーを使った作曲に熱中したこともあったという。  いろんなことに興味を持ち、夢中になってのめりこんでいくところは、多芸多才の牛次郎と相通じるものがある。牛もシンセサイザーと録音機をそろえて、ドラム、ピアノ、ベースといった楽器を1人で演奏して曲を作っていた。 =敬称略(つづく) (取材・文=二口隆光/日刊ゲンダイ)

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