Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

「我が子が異国人だと知ったら、あなたは?」谷村志穂の新連載小説『過怠』第16回

配信

  • この記事についてツイート
  • この記事についてシェア
本がすき。

『移植医たち』では移植医療、『セバット・ソング』では児童自立支援施設。谷村志穂が次に手がけるテーマは最先端の生殖医療。 幸せをもたらすはずの最先端医療が生んだ“かけ違え”。日本と韓国、ふたつの家族、母と娘……二人の女子学生の人生が未来が翻弄される――――。

第四章 パズル(2)DNA鑑定室

 白衣に身を包んだ四年生たちが、ぞろぞろと研究棟の長い廊下を進んでいく。  気象予報では台風が近づいていると伝えられ、先ほどから時折、建物を震わすように雷が鳴っている。

 先頭を歩く川原典子准教授が早口で、廊下の左右に連なる部屋の説明を続けていたが、窓の外を走った稲光に小さくきゃっ、と声をあげて、足を止める。 「雷、やめてよ」 「怖いんですか? 雷」  学生の一人が訊ねる。 「嫌いよ。だってうちの研究棟ではね、雷で停電になるのが一番怖いのよ。何しろここには億単位の機械がある。停電で故障すれば、一度で六百万円くらいの修理代が平気でかかってくるんだから」  と、ため息混じりにそう話したときに、菜々子はそんな理由だったかと改めて安堵した。川原がいたずらに雷を怖がるような女性には見えなかったからだ。  医学部附属法医学センターは、医学部の敷地の中でも、一番奥まった別棟の二フロアを占めている。先ほど、後期に法医学の履修願いが叶った学生たちが、ガイダンスを受けに集ったところだ。 「法医学だけでさ、うちの大学ってこんなに大きな研究施設、持ってたんだな」  タビケンのくせ毛こと霧島も、結局履修希望を出していた。先ほどからやけに菜々子の隣で話し続けているのは、きっと少し緊張していたからだろう。  何しろ廊下の壁には、それぞれに大きくナンバリングされた大型の冷蔵庫が整然と並んでおり、その中には、さらに詳細に、日付や解剖番号、組織の名前などが書かれたチューブが入っている。法医解剖された死体の血液や尿、そのほか様々な部位が保存されていると先ほど説明を受けたばかりだ。雷より死体の方が、日頃学生には縁遠い存在だ。  しかし、准教授川原は、何でも淡々と説明する。今日ここまでで一番感情に起伏が見られたのは、六百万円の出費につながる雷である。面白い人だと菜々子は思う。

【関連記事】