「親」となる―そのための、不妊治療だけじゃない、「特別養子縁組」という選択 。 映画『朝が来る』 河瀬直美監督インタビュー|STORY
「特別養子縁組」という制度をご存知ですか? 何らかの事情で生みの親が育てることができない子供を引き取り、戸籍上も実の親子として生活できる公的制度です。 実の子を授かれなかった夫婦と、産んだ子を育てることができなかった14歳の少女が「特別養子縁組」によって繋がり、家族とは何なのかという問いを投げかけた直木賞作家・辻村深月原作『朝が来る』を、日本を代表する映画監督・河瀬直美さんが映画化。現代の日本社会が抱える問題を深く掘り下げた本作品に込めた思いについてお話を伺いました。
――この作品には不妊治療に疲れ果て、一度は子供を持つことをあきらめた夫婦が特別養子縁組という制度を知り、14歳の少女が産んだ男の子、朝斗を養子に迎える話がモチーフとなっています。河瀬さんご自身も養女として育ったそうですね。辻村深月さん原作の『朝が来る』を映画化するにあたり、ご自身の体験に基づく視点も盛り込まれたところはあるのでしょうか。 河瀬:朝斗のまなざしとドキュメンタリストとしての視点、その両方を意識したところはありますね。この作品はフィクションです。でも映画ではフィクションとドキュメンタリーを両立させたかった。映画を作るドキュメンタリストとしての私と、養女として育った私の視点が反転するような形で反映されている。パリで編集作業をしていたときに言われたんです「これはNaomi worldだね」と。似島(広島県)のシーン(註:特別養子縁組のNPO支援団体ベビーバトンで妊婦たちが出産までの時を過ごす)には制作者としてではない、河瀬直美個人の視点が表れていると言われました。その部分はそうかもしれないですね。 ――佐都子(永作博美)と清和(井浦新)が結婚し夫婦だけの生活を謳歌した後、いざ子供を作ろうとすると思いがけない不妊治療に苦しむ過程はとてもリアルでした。 河瀬:不妊治療のプロセスは、克明に、本当にリアルに描いてしまうとしんどい世界なんですよ。だから今回はあえて、しんどいところを乗り越えた後の佐都子と清和の“記憶”として描きました。子供がいたほうがいいよね、という話をオフィスの外でするシーン、あれも佐都子の記憶として描いている。清和が「男性不妊です」と病院で告げられるところもそう。物語を俯瞰して明確には構成してないんです。二人が経てきた時間の記憶をたどるという作り方にしました。 夕日の当たる部屋に帰って、清和が離婚も考えている、と告げるところにも、不妊治療をしている人たちのリアリティが出ている。実際、男性不妊とわかると男性から離婚を切り出すという事が多いらしいんです。男性としては子供を産ませてあげられないという不甲斐なさが払拭できないんですね。治療ですごくしんどい思いをしたという記憶は残ります。けれど60歳、70歳になり、生を終えるときになっても必ず思い出すであろう日々は、かけがえのないものです。そんな記憶の一部を描きました。 ――それがかえってリアルに伝わってきたのかもしれませんね。不妊がわかる前の二人の幸せそうな暮らしもコントラストになっているように感じました。 河瀬:結婚する前の二人の初デートは、映画には描かれていなけれど、実際にはデートをしています。そしてそれは「記憶」として残ります。それが彼らの今の演技にも影響します。 ――特別養子縁組の仕組みについて紹介するNPO団体「ベビーバトン」の説明会シーンもまるでドキュメンタリー映画を見ているようでした。 河瀬:あれは大きな山場で。撮れたときは助監督と祝杯を上げに飲みに行きました(笑)。あのシーンは本当にドキュメンタリーだった。ある程度の流れはあっても、きっちりとセリフがある訳ではない。ベビーバトンの代表、浅見さん(浅田美代子)への質問に対する答えもも、すべてその場で自分の言葉で伝えなくてはならなかった。浅田さんには何を聞かれても答えられるように準備しておいてくださいと、事前に特別養子縁組についてものすごく勉強してもらいました。説明会に参加した佐都子も清和もあの場では自分の言葉で質問しています。