アフリカ大陸・南の果ての大都市ケープタウン、西欧人を魅了した「神々の花園」に咲く“原種の花”を求める旅
TBSの人気番組「世界遺産」の放送開始時よりディレクターとして、2005年からはプロデューサーとして、20年以上制作に携わった髙城千昭氏。世界遺産を知り尽くした著者ならではの世界遺産の読み解きと、意外と知られていない見どころをお届けします。 【写真】西欧人を驚かせた極楽鳥花 文=髙城千昭 取材協力=春燈社(小西眞由美) ■ 「花の王国」はケープ地方13の保護区 アフリカ大陸の南の果てに、約480万人もの人口をもつ大都市圏があります。それが南アフリカ共和国のケープタウンです。インド航路を開拓した船乗りヴァスコ・ダ・ガマの足跡をたどるために、喜望峰に近いこの街に初めてやって来た私は興奮して、こんな文面のポストカードを家族宛てに届けています。 「ケープタウンは、新宿高層ビル街のうしろに、ジョン・フォードの映画に出てくようなモニュメント・バレーがあり、海辺は横浜みなとみらいの赤レンガ倉庫みたくオシャレなお店だらけ。喜望峰に向かうと、車の前にダチョウが飛び出しました!」 実際、ウォーターフロント開発された街の背景には、1000mもの断崖がむき出しになったテーブル状の岩山がそびえ、南側はすぐにケープ半島が連なります。その突端にあるのが喜望峰で、沖合で大西洋とインド洋が出会うのです。 今回紹介するのは、ケープタウンを中心に13の保護区からなる「ケープ・フロラ保護地域群」です。太古を想わせるアフリカ世界ですが、ここにはゾウやライオン、ゴリラが生息する森やサバンナはなく、ピラミッド的な遺跡もありません。奇岩がゴロゴロと露出する荒涼とした風景が広がるばかり。では、なぜ世界遺産なのか? ケープ・フロラ保護地域群は、神々の花園とも呼ばれる「花の王国」なのです。
■ 西欧人が夢中になった原種の花たち フロラとは、特定の地域に生育する植物全種のこと。世界は6つのフロラ:植物区に分かれ、境界を越えると、生えている植物や咲く花がまったく異なります。 植物区は、全北(ほぼ北半球まるごと)・旧熱帯(アフリカ大陸から東南アジアやハワイまで)・オーストラリアなどと、広大なエリアを持ちます。しかしケープ・フロラは、ケープ地方のごく狭い地域だけで1つの植物区。大都市の側にありながら13の保護区は、世界の何処にもない花々が見られる奇跡の楽園なのです。 1652年、オランダからの入植者が、初めて南アフリカに上陸します。そして、入植の基地にしたのがケープタウンでした。移民たちを驚愕させたのが、ケープ地方に咲く奇妙な花々。西欧人は、夢中になって珍しい植物をヨーロッパに持ち帰ります。後に、これが栽培・商品化されて、世界中の窓辺や庭を飾ることになるのです。ゼラニウム、フリージア、極楽鳥花、ガーベラなど……数え上げればキリがありません。 では、栽培種でない“原種の花”は、どこでどんな風に咲いているのでしょうか? お勧めの3つの観光ポイントがあります。 1.滝雲が落ちてゆくテーブルマウンテン ケープタウンのすぐ背後に、平らな山頂が3㎞もつづくテーブルマウンテン(標高1086m)が聳えます。見ものは、頂から滝のように落ちてくる白い雲! ケープ地方は、時に風速50mもの強風がふき荒ぶ大地です。 砂っぽくて栄養に乏しい土壌と、夏には厳しい干ばつ。こうした環境に適応したのが、世界でここだけの花々「フィンボス」です。小さく硬い葉の灌木類や地面をおおう草たちですが、それぞれが可憐な花をつけます。山頂に岩場や湿地が広がり10m歩くごとに、違う花々が強い風に耐えながら咲いていました。 およそ6000種を超えるケープ・フロラ固有種を気軽に楽しむのなら、山麓にあるカーステンボッシュ植物園(1913年創立)です。ここでぜひ見たいのが、フィンボスを代表する「プロテア」や「ピンクッション」。中でも「キングプロテア」は南アフリカの国花で、王冠のように紅色の花弁がひらくのです。プロテアは、1億年近く前の恐竜が闊歩した時代にさかのぼる、最初の花の一つだといわれます。 2.喜望峰は、10年に一度の山火事! ケープタウンから南へ50㎞つづくのがケープ半島です。南極からの寒流とインド洋の暖流が渦巻き、船乗りたちにその突端は“嵐の岬”と恐れられました。沿岸を歩くと、今も難破船の残骸がいくつも見られます。ヴァスコ・ダ・ガマがこの岬を回り、1498年にインド西海岸に到達したことで“喜望峰”と改められたとか……。 2000年、テーブルマウンテンから吹き下ろす強風が火の手を広げ、ケープ半島の4割を焼き尽くしました。乾いた土地ゆえに、山火事はほぼ10~15年に一度くり返します。こうした火災に耐え、見事に適応したのがフィンボスです。例えばプロテアは、厚い樹皮におおわれ、山火事の中でも新芽が生き延びます。 それを証明する「怪物プロテア」が、ケープ半島に立っています。樹齢100年を超え、なんと10回ほど火事に遭った大木。黒焦げですが、枝先にこんもりと新芽がつきオレンジの花も咲かせていました。プロテアは、火事があると初めて固い殻をひらき、綿毛にくるまれた種を風にのせ飛ばすのです。 焼け跡に先駆けて咲く花もあります。アヤメ科のラペイルージア。檜扇の先っぽに、6枚の花弁をパっと開いたごとき立ち姿。熱と煙が眠りを覚ますのを、土の中で球根はじっと待っていました。焼き払われた大地は灰が肥料になり、陽の光に満ちた好ましい環境になっているのです。 焼け跡を巡ると、まだ知らない“生命のサイクル”を発見できるかも? 3.セダーバーグの奇岩は宙に浮く!? ケープタウンから北へ200kmの山地にあるのが、セダーバーグ原生地域です。この一帯の地層は、もろくて崩れやすい砂岩。それが風雨に削られ、奇想天外な光景をつくりました。宙に浮くように1点で支えられた巨岩、高さ25mものT字型の石塔など、奇岩が次から次へと登場します。そんな独特の地形が、セダーバークにしか育たない固有種を生んだのです。 そもそも、なぜケープ地方だけで1つの植物区になったのかは、地形と深く関わります。アフリカ大陸の南端に、セダーバーグを含めたL字型の山脈があり、それが防波堤になって生物の交流をさまたげ、山脈から海までの狭いエリアを別世界にしたのです。 地球上でセダーバーグの谷だけに咲く、幻の花のオンパレード。細い茎をウロコみたいな葉が覆い天辺がモコモコの白い花・レウカデンドロン、スパイダーヘッドの仲間……ふしぎな花々1800種がかくれる王国です。 世界中で愛されるルイボスティーの茶葉“ルイボス”も、ここセダーバーグ山地だけに自生するマメ科の針葉樹です。他所の土地で育てようとしても失敗すると聞きました。 元は、この地で暮らしてきた先住民コイサン族が薬草として採り、天日で乾かし発酵させ「不老長寿の飲み物」にしていました。それが健康茶として広まったのです。 南半球にあるケープ地方は、11~3月にかけて夏。暑く乾燥して、時に強い風が吹き荒れます。咲く時期がそれぞれ異なる野生のフィンボスの花を、保護区の広大なエリアの中で見つけるのは大変です。現地ガイドを同行することが不可欠でしょう。 世界遺産エリアを外れますが、さらに北に広がるのが「ナマクアランド」。そこは不毛な礫砂漠ですが、年に一度だけ花々が一斉に咲き乱れ、“神々の花園”と呼ぶにふさわしい光景が出現します。冬8~9月頃の雨が降った後だけのワンチャンス! 多肉植物のパラダイスでもあり、花マニアなら一度は訪れたい場所かも知れません。 ※保護区によって、立ち入り制限・禁止をされたり、特別の許可がなければ入場できないケースがあります。入場料も変更されますので、保護区ごとに最新状況をご確認ください。また花々は、年により咲く時期がズレます。南アフリカは南半球にあり、日本とは季節が逆になりますのでご注意ください。 ※旅行に行かれる際は外務省海外安全ホームページなどで現地の安全情報を確認してからお出かけください。
髙城 千昭