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19世紀の英国を感染症禍から救ったベストセラーとは

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ナショナル ジオグラフィック日本版

 天然痘、ペスト、コロナウイルス。人類の歴史において数々の感染症が人類を襲ってきた。なかでも特に恐ろしい症状をもたらしたのが、コレラだ。 ギャラリー:ペストの大流行で亡くなった3万人の遺骨が装飾された納骨堂ほか  1817年、現在のバングラデシュ南西部の都市ジェソールで大流行が始まったとき、この病気の恐ろしさを知っている地元の人々でさえ、それまでにない激烈な症状に衝撃を受けた。わずか数週間に、ジェソールだけで1万人もの死者が出たという記録がある。  当時は交易が活発で、植民地の産物がさかんに取引され、それに伴って、疫病は世界中に広がった。発症後は急速に悪化し、半数の人が亡くなる。死に至る様子も恐ろしかった。健康そのものに見えていた人が、あっという間に衰弱する。嘔吐と下痢が止まらず、強烈な喉の渇きに襲われ、けいれんし、苦痛に身をよじる。呼吸も苦しそうで、まるで「空気に飢えている」ようにあえぐ。死ぬときも意識ははっきりしているのか、驚いたように目を見張り、なおも苦しげに水様の便を絞り出しながら息絶える。  この恐ろしい症状をもたらすのは何なのか。多くの人々は、悪い空気や悪臭のせいだと考えた。人々が工場の仕事を求めて農村から都市に集まり始めた19世紀には、人口密度が高い環境で生活するための鉄則が知られていなかった。不衛生なスラムで、狭い家屋に家族が肩を寄せ合って暮らしていれば、チフス、赤痢、結核、コレラなどの感染症をうつし合うことになる。  当時の人々に新しい衛生観念を説いたのは、英国の官僚、エドウィン・チャドウィックだった。1842年に英政府が刊行したチャドウィックの著作は予想外のベストセラーとなった。この文献は現在では『衛生報告書』として知られている。  英国各地から集めた証言を基に、都市の労働者階級の生活環境を詳細に描いたその報告は、当時の教養ある読者にとっては、遠い外国の話のように思えたはずだ。床上1メートルの高さまで人間の排泄物がたまった地下室、家畜の糞を好むハエがたからないように「あらゆる食べ物や飲み物を覆わなければならない」家。65人の囚人を収容する刑務所の汚物が2日か3日置きに通りに流され、食肉処理場から出る家畜の血と混ざり合う光景も描かれていた。  チャドウィックは悪臭が人々を死に追いやるとの説を信じていたが、幸いにも彼が推奨した細かな改善点は、感染症の本当の原因に有効なものだった。 『衛生報告書』がぞっとするほど不衛生な環境を活写したおかげで、政治家も重い腰を上げた。1848年、英政府は世界の国々に先駆けて公衆衛生局を設置し、チャドウィックを長官に据えた。翌年のコレラの流行で、図らずも公衆衛生の改革に拍車がかかり、チャドウィックはほどなく英国全土の都市や町で、各家庭に清潔な水を送る上水道の整備に着手し、併せて下水道の整備も推進した。  巨費を投じた大事業だったが、おかげで人々の健康状態は劇的に改善され、平均寿命も大幅に延びた。ほかの国々もこれに倣い、人間が生活できる都市環境が整備され始めた。 ※ナショナル ジオグラフィック日本版8月号「パンデミックと闘い続ける人類」より抜粋。

文=リチャード・コニフ ジャーナリスト

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