日本発の最新がん治療が世界の主流に? 不要な抗がん剤を回避、患者ごとに合った治療が可能に
首尾よく早期発見に成功し、手術で患部を取り除いたはずでも、生き残った極小がんによって再発したり転移したりするリスクは、常につきまとう。治療を逃れたこれらのがん細胞(術後微小残存病変)が力を強めて暴れ出せば、患者の生存率はとたんに低下してしまうのだ。
こうしたリスクに立ち向かうべく、国立がん研究センターはさる6月10日、微小ながんを対象にした「個別化医療」(患者の体質や病状に合わせた治療)の実現を目指すプロジェクトを立ち上げたと発表した。この計画は「サーキュレートジャパン」と名付けられ、国内外約150の医療施設の協力を得てスタート。まずは大腸がんの患者2500人を対象に、外科治療の後、血液を用いた定期的な液体生検(リキッドバイオプシー)によって、術後の抗がん剤治療が必要かどうかを判断する臨床試験に取り掛かるという。 プロジェクトを主導するのは、国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)の吉野孝之・消化管内科長。その壮大な計画が緒に就くまでの経緯について、がん治療の現状を踏まえながら解説する。 「がんはそもそも遺伝子の病気で、患者さんのDNAを回収して調べると、その“傷”の場所が分かります。現在では『次世代シーケンサー』という検査機器のおかげで、1個ではなく複数個の遺伝子を同時に捕捉し、追跡することが可能になりました。従来型のシーケンサーに比べて桁違いに速く、また多くのDNAの塩基配列を調べることができ、ごく微量のがん由来のDNAも検出することが可能になったのです」 そんな技術の進展もあって登場したのが「リキッドバイオプシー」と呼ばれるがん検査法である。 「従来は、体内にできた腫瘍が良性か悪性かを調べるには、内視鏡などを用いて腫瘍組織を採取しなければなりませんでした。ですが、組織生検は患者さんの体に大きな負担がかかり、また採取しても検査結果が判明するまで1~2カ月近くかかることもありました」 これに対し、 「リキッドバイオプシーは体液を使った検査です。人体にはさまざまな体液が存在しますが、血液や唾液、尿などの中に浮かぶDNAを調べることで、がん細胞の発生や変異を捉えることができるのです。中でも最も進んでいるのが『ctDNA』と呼ばれる、血液を循環するがん細胞由来のDNAに関しての研究。現在、これを捉えて解析することが技術的に可能となっています」 その具体的な方法は、 「患者さんが手術をしてから、およそ1カ月後に血液を採取します。その中にがん由来のDNAが浮いていたら、数値にしておよそ90%は再発し、浮かんでいなければ再発の可能性は10%程度であることが分かってきました。とりわけステージIIとステージIIIで、その差は顕著に出ています」 リキッドバイオプシーの登場で最も変わりつつあるのは、術後の患者の治療方針だという。 「たとえ手術が成功しても、再発のリスクは必ずつきまといます。これまでの検査法では、ある患者さんが再発するかどうかは手術の段階では全く分からず、採取した腫瘍組織をもとに術後、がんの進行度合やステージを踏まえて可能性を判断し、『この人には抗がん剤を』などと方針を決めてきたわけです。ところが、がんというのは変異する。ちょうど古い倉庫の中を調べるようなもので、そこから出てくるのは現在ではなく、あくまで過去のがんなのです」 腫瘍組織を採取した後にも患者のがん患部は刻々と変化しており、最新の状態に見合う治療を考える際、古い情報では効果が見込めない。この状況を変えるべく、最新の情報にもとづく治療を可能にする基礎となるのが、リキッドバイオプシーなのだという。