人気爆発の小泉進次郎、じつは「安倍晋三の後継者」であるといえる「意外な理由」
圧倒的な人気を誇り、最年少で大臣に就任するも、「レジ袋有料化」や「進次郎構文」などで揶揄の対象になった場面もあった小泉進次郎氏。 【一覧表】小泉進次郎内閣、これが「驚きのメンバー」だ しかし、ここにきて総裁候補として注目度は高まっている。ほかの議員にくらべると経験は少ないものの、国民の認知度は抜群。官僚に忖度する必要も少ないとされる進次郎には、期待の声も上がっている。 永田町取材歴35年。多くの首相の番記者も務めた、産経新聞上席論説委員・乾正人による、「悪人」をキーワードにした政治評論。まさかの岸田首相退陣により揺れる自民党総裁選、有力候補者たちを独自の目線で切る。 ※本記事は、乾正人『政治家は悪党くらいでちょうどいい!』(ワニブックス刊)より一部を抜粋編集したものです。文章内の敬称は省略させていただきます。
悪人のアの字もないけれど
小泉進次郎を「悪党」だと感じている有権者はまずいまい。 爽やかなルックスに、中身はそれほどないものの滑舌の良い演説、父は元総理大臣・純一郎、兄は人気俳優・孝太郎、妻は滝川クリステルと、どこを切り取っても「悪党」のアの字も出てこない。 入れ墨大臣と呼ばれた曾祖父・又次郎以来、四代にわたる政治家一家に生まれた進次郎の苦労といえば、幼いときに両親が離婚し、中学二年生まで伯母を母親と信じて育ったことぐらい。 代々引き継がれてきた選挙地盤は、対立候補が出ようにも出られないくらい強固で、公明党・創価学会にあまり気を遣わなくてもよく、がむしゃらに政治資金を集めなくてよい環境で政治家になったのだから「悪党」になりようがない。 平成二〇(二〇〇八)年、元首相・純一郎が引退を表明し、彼を後継者に指名した時点で当選が決まったようなもの。 事実、自民党が大敗し、民主党が大勝して政権交代が実現した翌年の衆院選に初出馬したが、得票率五七・一%を獲得して圧勝した。このとき自民党公認候補の初当選は、五人のみで、このうち小選挙区で勝ったのは小泉を含めわずか三人だった。 選挙期間中のみならず、「進次郎人気」は当選後も続き、新人議員ながら全国各地から応援要請が相次いだほどで、今も選挙戦で進次郎が街頭に立てば、たちまち黒山の人だかりになる。 初当選以来、五回連続当選を重ねたが、いずれも危なげのない完勝だった。 令和元(二〇一九)年八月七日、滝川クリステルと二人そろって首相官邸を訪れ、首相の安倍晋三と官房長官の菅義偉を訪ねた。その後首相番記者たちの前に現れて「二人の結婚と妊娠を報告しました」と語って、記者たちを仰天させた。何しろそれまで二人の関係は、「文春砲」など週刊誌や芸能メディアに一度も報じられていなかったからだ。 その翌月、結婚のご祝儀の如く第四次安倍第二次改造内閣で、環境大臣に抜擢された。 このとき小泉は三十八歳。男性としては戦後最年少で大臣になった。