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インドサッカー 遊佐克美、スター生活から一転、コロナ禍で崖っぷちに…それでも「サッカー選手でいたい」理由とは

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テレビ東京スポーツ

そこに秘められたドラマをあなたはまだ知らない

インド。かつてはカルカッタと呼ばれていた町、コルカタ。 三年前、ここには一人の日本人スターがいた。 【動画】インドサッカー 遊佐克美、崖っぷちに立たされた男の挑戦に密着 遊佐克美、当時29歳。 サッカー選手としての確かな地位をここインドで築いた。その証拠に密着取材初日、まさか我々が現地メディアに逆取材されるとは。 この時インドリーグは開幕直前。スター選手の動向を逃すまいと、インドメディアも必死だった。その夜、人気ニュース番組では、開幕への意気込みを語る遊佐の姿が大々的に放送された。 インドに渡ったのは22歳。足場を固めるのに3年かかった。27歳で日本在住の綾子さんと結婚。インドへ単身赴任を続け2年後に長女のここなちゃんを授かった。 同じ年、名門イーストベンガルに移籍し、エースの証、背番号10を背負う。

インドでのスター生活

まずは、インドのスター選手の暮らしぶりをご覧いただこう。 郊外の高級マンションと移動車はクラブが用意してくれた。間取りは3LDKで、インドに来た直後の数十倍もの広さがある。29歳、男の単身赴任には十分すぎる広さ。家政婦は雇わず家事は全て自分でこなしている。 車の運転は専属運転手を自腹で雇っていて月1万7千円ほどだという。 この日の昼食はカレー。さすが本場、と思いきや使うのは日本製のカレールー。2日に一度は食べる理由は、肉と野菜を同時に取れる上に失敗しないから合理的だという。 息抜きは家族とのテレビ電話。生後三ヶ月になる娘が疲れを癒してくれる。 欠かせない癒しがもうひとつ。1日の終わりには必ず、外資系高級ホテルのジャグジーに入る。 半年12万円の契約。これは現地の物価を考えたら立派なセレブ生活といえる。 ピッチでのパフォーマンスを維持するため、今は極力、ルーティン化した生活をしている。 そのプロ意識を若い頃に持っていたら、インドには来ていなかったかもしれない。

日本代表からJリーグへ。しかし歯車が狂い出す…

実家は福島。子供の頃からサッカーの才能はピカイチで、地元では早くからずば抜けた存在だったという。東北に知れ渡った天才少年。 当時の評価は同世代の香川や乾をも凌ぎ、高校進学時にはプロの争奪戦が繰り広げられるほどだった。 数ある誘いの中から、サンフレッチェ広島のユースへ。代表でも活躍する槙野や柏木とプレーし日本一も経験した。 18歳以下の日本代表にも選ばれ、そうそうたるメンバーをさしおいてキャプテンを任されている。 Jリーグでの活躍もフル代表入りも時間の問題と思われた。 しかし、そこで歯車は狂ってしまう。 地に足つかず、浮かれていた。自信が過信になり慢心を生んでいた。 Jリーグを3年でクビになり転げ落ちるように下部組織へ。 さらに、ほぼ無給でパラグアイの二部リーグにも挑んだが、わずか1年で帰国した。

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