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【熊本の記憶】「もう家に帰れるよ」夢抱き4歳で亡くなった愛娘 母の悲しみ

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KKT熊本県民テレビ

そして、本震から5日後の午前5時45分。 宮崎さくらさん 「頑張ったねって。本当えらかったって。みんないつも一緒におるけん。もう家に帰れる。家に帰れるけんねって」 家族に見守られながら、花梨ちゃんは4歳でこの世を去りました。

【命を守るはずの災害拠点病院が耐震不足】

花梨ちゃんのように、熊本市民病院では310人の入院患者全員が転院や退院を余儀なくされました。1946年に開設された熊本市民病院は災害拠点病院に指定されていましたが、建物は耐震基準を満たしていませんでした。熊本市では病院の建て替えについて議論が行われていたものの、建て替えはいったん凍結していたのです。 熊本地震の関連死の要因の1つに挙げられたのは、地震で病院の機能がストップしてしまったことによる治療の遅れでした。関連死の2割近くが被災したあとに十分な医療を受けられずに亡くなったことが明らかになっています。花梨ちゃんも熊本地震の関連死と認められました。

【「教訓を後世に」娘が亡くなった病院でボランティア】

熊本地震から3年半となる2019年10月。 「災害に強い病院にしてほしい」という宮崎さくらさんら遺族の意見を踏まえ、建物の耐震化はもちろん、災害時に医療を継続するための計画をとりまとめるなどして、熊本市民病院は再建しました。

花梨ちゃんを亡くしたさくらさんはいま地震の教訓を後世に伝えてほしいと願い、病院に併設された宿泊施設の清掃ボランティアに参加しています。 宮崎さくらさん 「新しい病院にできれば娘と一緒に通いたかった。一緒に再建した病院を見たかった。複雑ではあるんですけど、娘と同じ年くらいの子どもが同じような目にあわないように新しい病院でちょっとでも楽しく頑張れるように、なにかしらちょっとでもお手伝いが出来れば、娘も喜んでくれるし娘にできる事かなと思って」 2018年の厚生労働省の調査によると震度6強程度の地震により倒壊する危険性が高いとされている病院は全国で259にのぼります。花梨ちゃんと同じ悲劇を繰り返さないために…宮崎さんは病院をそばで見守り続けています。 宮崎さくらさん 「震災の記憶の上に教訓が成り立つのであって教訓は命の上に成り立っているので震災から全部がつながっている。 まずは震災のことを忘れないということ。これからも一緒に病院を見守っていこうねという気持ちです」 ※宮崎さんの「崎」は旧字体の山に立つに可 今回、常用漢字で表記しています。 ※この記事は熊本県民テレビとYahoo!ニュースによる連携企画記事です。 熊本地震から4年を迎えるいま遺族の思いを全2回の連載で伝えます。

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