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同僚に認められながらオーナーからは問題児扱いされた伊良部秀輝/日本人メジャー1年目の軌跡

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伊良部秀輝のメジャー・デビュー戦はタイガース戦。6回2/3を5安打2失点で勝利投手に。「日本のノーラン・ライアン」はニューヨークのファンを大喜びさせた。あこがれのヤンキースでの第一歩は順調だった。だが、その後はいいときもあったが厳しい現実にも直面した。

首脳陣からの信頼度は……

 1年目の1997年は9月に中継ぎに回るなどで5勝4敗、防御率7.09だった。チームに慣れた2年目は13勝9敗、防御率4.06、3年目は11勝7敗、防御率4.48と、2年続けて2ケタ勝利を挙げた。98年の5月は4勝1敗、防御率1.44。99年7月には4勝0敗、防御率2.64で月間最優秀投手に選出された。才能の煌めきをうかがわせたときはあった。伊良部と親しくしていたコーン投手は「いいときの彼は相手の打者を圧倒した。ニューヨークで何度もいいところを見せていた」と語っていた。同僚に実力を認められていたのだが、シーズンを通じての安定感は欠いていた。  首脳陣からの信頼度をうかがうことができる要素がプレーオフでの登板機会であろう。ヤンキースには3年間在籍し、チームは3年ともプレーオフに進出。98年と99年にはワールド・シリーズを制した。しかしこの3年間で伊良部が登板したのは1試合だけ。99年、レッドソックスとのア・リーグ優勝決定シリーズの第3戦のみだった。先発のクレメンスが乱調で0対4とリードされた3回無死一塁でマウンドに。いきなり2ランを浴びるなど7回二死まで投げて13安打8失点だった。敗戦処理で出てきて滅多打ちにあう姿を見るのはしのびなかった。  報道陣との確執や、ファンに悪態をつくなどすっかり悪役のイメージが定着し、スタインブレナー・オーナーには「太ったひきがえる」と言われて、すっかり問題児になっていた。99年12月にはエクスポズ(現ナショナルズ)にトレードで放出された。結局メジャー生活は6年。通算で126試合登板、80試合先発34勝35敗16セーブ、防御率5.15。  アメリカ人の父と日本人の母の間に、日本で生まれた。2011年7月27日に父親の母国・アメリカでみずから命を断った。日本とアメリカ、どちらがホームだったのだろうか。それともどちらもアウェーだったのだろうか。(文中敬称略) 『週刊ベースボール』2020年10月19日号(10月6日発売)より 文=樋口浩一 写真=Getty Images

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