本日決定!直木賞受賞予想。授賞すべきは加藤シゲアキ。だがマライ・メントラインも杉江松恋も本命は『インビジブル』
1月20日、第164回直木賞が発表される。浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、高村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆきの9名の選考委員による本家選考会にさきがけ、書評家・杉江松恋と文学を愛するドイツ人、マライ・メントラインが全候補作を読んで徹底討論、受賞作を予想する。 【画像】NEWS加藤シゲアキの候補作『オルタネート』受賞の可能性は?
裏切りに次ぐ裏切り『アンダードッグス』
杉江松恋(以下、杉江) マライ・メントラインさんと一緒に直木賞大予想、芥川賞編(関連記事参照)につづいていきます。こちらでもまずお互いのイチオシを言っておきましょうか。実はこっちのほうが私は悩みました。 マライ・メントライン(以下、マライ) 私は『インビジブル』です。 杉江 おお。好きな小説は『インビジブル』で同じです。受賞があるとしたら、唯一の時代小説の『心淋し川』かな、という気がしますが。まずは『アンダードッグス』から。 『アンダードッグス』あらすじ 1997年、元農林水産省の古葉慶太はある日、香港の銀行からあるものを盗み出す使命を押しつけられる。やむなく現地を訪れた彼を出迎えたのは意外な人物の死だった。それから21年後、古葉の義理の娘である瑛美もまた、有無を言わせぬやり方で香港に呼び出されていた。 マライ エリート官僚の使命感ゆえに汚職に加担したためドロップアウトし、余生めいた日々を送る主人公が、列強の野心が絡み合う国際的陰謀にいきなり巻き込まれて、という長篇小説。「国益とは何か」を考えさせる点は時宜に適っていてナイスだと思いました。この作品、ぶっちゃけ言えば広江礼威さんの『BLACK LAGOON』系なんですよね。こういう小説の場合、暗躍する各国キャラの深みや、登場人物が何を背負って戦っているのか、という点が重要なんですけど、そのへんがいまいち薄いかなと。スピード感とツイストが読みどころだと思うんですが、それが結局「実は裏切り者でした」「味方でした」の繰り返しに終始している印象があって、やや単調に感じます。 杉江 英国風のアマチュアを主人公とする冒険小説で、初対面のメンバーがひとつの目的に向かっていく、チーム戦もある、という内容ですね。裏切りに次ぐ裏切りなので、そこで胃もたれするかも。 マライ ロシアも中国も英国も、イマイチお国柄を反映せずに「駒」みたいに動きますよね。なぜかアメリカだけが極悪設定(笑)。 杉江 重要そうに見える登場人物がいきなり死ぬ、展開の読めなさはエンタテインメンとしては高く評価していいとは思います。 マライ でも死亡フラグが露骨ですよね。難病の家族のために、みたいな。 ■人気出てほしい!『インビジブル』 杉江 つづいてマライさんイチオシの『インビジブル』です。松本清張賞を西南戦争の歴史小説で受賞した作者が、2作目は戦後を舞台とした推理小説に挑みました。 『インビジブル』あらすじ 1954年、大阪市警察庁に勤務する新米刑事の新城洋は猟奇的な殺人事件の捜査を担当することになる。被害者は政治家秘書であり、事件の背景は奥深そうだ。帝大卒のエリート・守屋恒成と組まされた新城は、彼と衝突しながらも犯人を目指して一心に突き進んでいく。 マライ まず、著者の多面的かつ骨太な社会観、そして自分が歴史と人間を記述するという行為に対しての誠実さが感じられてとてもいい。中心にあるのは法・善・悪の根深い相克ですが、それらを単純な対立図式で語らず、人はどこに理性の支柱を求めるべきか、という問題までをエンタメ的な文脈で描き切っています。歴史的描写で見逃せないのが、大戦前~戦後の連続性に言及している点です。ドイツでは、戦後社会を安定稼働させるには「政治的に正しい」人ばかりを集めてもダメで、旧ナチの能吏を密かに再起用せざるを得ませんでした。そうした裏面もきっちり描いていて、そこに戦争ゆえの怨念が襲いかかるという図式にはすごい説得力と魅力があります。何より重要なのは、そうした要素を、まじめなだけでなく知的好奇心を喚起するかたちででおもしろく活写している点ですね。 杉江 警察小説としてはバディものと言われるタイプで、学歴のない主人公とエリートとが反目を乗り越えて手を組む展開が熱いですよね。 マライ はい。見事なキャラ立ちっぷりです。主人公ふたりにそれぞれ、理性をめぐる葛藤の末に大見得を切る場面があって、実にかっこいい。ドイツ人的にもジャストミートな感銘を受けました。『PSYCHO-PASS サイコパス』のガチでイケてる場面に近いような。 杉江 いや、本当にいい小説です。装丁を見て読み始めたときは、失礼ながらこんなにおもしろいとは思わなかった(笑)。 マライ 戦後75年、当時の体験や空気感を語り継ぐ人たちの実質的寿命も絶えようとしています。今後ますます社会文化的に重要化してくるのが、まさにこのような丹念に織られた骨太歴史エンタメだろうと思うのです。生半可なものではダメで、まさにこのレベルでないと、というベンチマークとなり得る作品だと思います。 杉江 ともすれば「日本は間違ってなかった」式の言説で歴史を上書きしようとする動きがあるなかで、おもしろさで興味を惹くことは正しく語ることと同時に大事になってくるでしょうね。その意味で作者の志は非常に高いものがあると思います。 マライ この人、人気出てほしいな。志の高さが報われてほしい。