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挫折ばかりのラガーマンだからできた「スポーツと仕事」の両立 チームのクラブ化でいきた営業現場での学び

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高校でラグビーを始めてから20年以上現役を続けた朱賢太さん(46)。大学ではレギュラー落ち、最初に所属した社会人チームではまさかの会社倒産など、様々な試練に見舞われましたが、それらは全て成長へのステップだったと振り返ります。仕事とラグビーの両立を目指した朱さんは、所属先のラグビー部をクラブチーム化することに貢献。会社との交渉で生きたのは、営業で身につけたスキルでした。スポーツの活動がビジネスにも生きることを体現してきた朱さん。働き方が多様化する時代、デュアルキャリアの道のりを聞きました。(ライター・小野ヒデコ) 【画像】首がなくなるほどの筋トレ…大学時代に全国ベスト4に上り詰めた圧倒的プレー

ラグビーは「適材適所」のスポーツ

<高校受験に失敗してラグビーと出会う。始める時期が遅くても活躍できるスポーツだった> ラグビーを始めたのは高校からです。一般的に、ラグビーを始める時期は大きく分けて2つあります。親の影響で小さい頃からクラブチームに入るか、私のように高校から部活に入るかです。 ラグビーは他の競技と比べてポジションがたくさんあります。たとえ始める時期が遅くても、本人の適性とポジションがマッチしていたら、活躍するチャンスがあるスポーツです。 ラグビー部に入ったのは、高校受験で失敗したことと関係があります。第一志望校に落ち、別の高校に入学しました。その学校に、全国レベルのラグビー部があったんです。 中学までサッカーをしていたのでサッカー部に入部を考えていました。でもラグビーにも興味を持ち、軽い気持ちで仮入部にしたところ先輩に顔と名前を覚えられてしまい、なりゆきで本入部することになってしまいました(笑)。 私は「フランカー」といって、相手選手にタックルをする、パワーとスピードが求められるポジションになりました。日本代表で言ったら、リーチ・マイケル選手と同じです。 このポジションが文字どおり「適材適所」だったのか、高校2年でレギュラーになることができ、高校ラグビーの聖地「花園」でプレーすることができました。ラグビーにのめり込み、スポーツ推薦で法政大学に進学しました。

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