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アーティストの音楽履歴書 第23回 Rachel(chelmico)のルーツをたどる

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音楽ナタリー

毎回1人のアーティストの音楽遍歴を紐解くことで、音楽を探求することの面白さや、アーティストの新たな魅力を浮き彫りにするこの企画。今回はchelmicoのRachelのルーツに迫った。記事の最後には彼女のルーツとなった楽曲のプレイリストも公開する。なお、相方Mamikoのインタビューも近日掲載を予定しているのでお楽しみに。 【動画】Rachel(chelmico)を作った6曲(メディアギャラリー他3件) 取材・文 / 高木"JET"晋一郎 ■ ハロプロと宇多田ヒカルを歌いまくった幼少期 最初の音楽の記憶かあ……「この曲が好きだな」と感じた最初の記憶があるのは、お母さんが車で流してた「♪You like tomato and I like tomahto」という歌詞の曲で、大人になってから調べたらフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの映画「Shall We Dance」(1937年公開)で使われた「Let's Call the Whole Thing Off」の一節だったみたい。それが音楽に関する一番古い記憶ですね。幼稚園のときはモーニング娘。とかプッチモニが大ブームだったから、私もプッチモニの「ちょこっとLOVE」を「マルマルマル」とか歌ってたな。ミニモニ。も大好きだったし、ハロプロの曲はよく聴いてた。今もアイドルが好きなのはきっとその影響ですね。 音楽に関しては、お母さんからの影響が大きかったと思う。お母さんはギャルだったから(笑)、とにかくヒットチャートとか流行りものが大好きで、今でも「これが流行ってるんだよ」とか私に教えてくれるんですよ。私にもその流行りモノ好きスピリッツは注入されてるから、すぐ流行りに乗っちゃうし食い付いちゃう(笑)。ウチにあったCDもそのときに流行ってたCDが多かった。だからお母さんが流す宇多田ヒカルの「Movin' on without you」とか「First Love」をよく聴いてたし、お母さんと一緒にカラオケに行くと自分でも歌ったりしてたなあ。かわいいですよね、5、6歳で「First Love」歌っちゃうとか(笑)。カラオケじゃなくてもずっと歌を歌ってる子だったし、メロディとかリズムが好きだったのかな。でも、水泳とか体を動かす習いごとはやってても、楽器を習ったりは全然してなくて。だからウチはあんまりカルチャーって感じではなかったかな。友達の家に遊びにいってピアノがあったりすると、ちょっとうらやましいなと思ってたけど。 初めて自分で買ったCDは宇多田ヒカルのアルバム「DEEP RIVER」。お母さんはゲームも好きで、その影響で私もゲームが大好きなんだけど、今でもフェイバリットな「キングダム ハーツ」のエンディングテーマとCMソングが「光」だったんですよ。それで曲も大好きになって、「このCD買って!」とお母さんに言ったら「アルバムのほうが得や!」ってなぜか関西弁で言われるぐらいの勢いで止められて(笑)。それで7月の私の誕生日に「DEEP RIVER」を買ってもらって。プールに通うバスに乗る前にずっとアルバムを聴いて、泳ぎながら頭の中で「DEEP RIVER」を頭から再生してた記憶があるから、その夏はずっと聴いてたと思うな。でもジャケットが怖かった(笑)。それまでハロプロのカラフルで笑顔のジャケットに慣れてたから、モノクロで無表情の顔のアップがすごいショッキングだったし、ブックレットも体の一部がアップになってて、なんか……「皮膚!」っていう生々しい感じにビックリしちゃってた。あと「光」の最後のパートの「テレビ消して 私のことだけを見ていてよ」という歌詞も、すごく刺激的に感じて、その部分だけ恥ずかしくてカラオケで歌えなくて。おませですよね。それが小学校3年生のとき。学校の友達はミニモニ。と「とっとこハム太郎」に夢中だから、宇多田ヒカルを聴いてる子はいなかったんだけど、それが寂しいっていうよりも「ごめんね、私だけ大人で」って感じでしたね(笑)。 ■ 小4でRIP SLYMEに出会いカルチャーショック「マジでかっけー!」 RIP SLYMEを聴いたのは小学4年生のときだったと思う。近所のレディースみたいなお姉さんと交流があって、その人の部屋に遊びに行ったらリップがかかってて。聴いた瞬間に「マジでかっけー!」って本当にカルチャーショックだった記憶がある。曲は「FUNKASTIC」。というか、そのお姉さんがとにかくループで「FUNKASTIC」をかけてたから、曲が終わったらすぐ「パーラー!」ってオープニングのホーンセクションが鳴って、子供は爆踊りみたいな(笑)。途中で「楽園ベイベー」とか「One」が挟まってたから、アルバムは「TOKYO CLASSIC」だと思うんだけど、基本ずーっと「FUNKASTIC」が流れる中で、そのお姉さんが曲をなぞりながらラップしてるのもすごくカッコよかった。自分でもやってみたいと思って、お姉さんに歌詞を自由帳に書いてもらって。もちろん書いてもらった「レーダーターゲット発見」って歌詞は「レ→ダ→タ→ゲット発見」ってギャル文字になってて(笑)。それで「FUNKASTIC」の歌詞を覚えて、自分でもラップを試してみてというのが、自分のラップの始まりだったんじゃないかな。「イルマリSAY」のパートも、ILMARIという人がメンバーでいることもわからないし、ほとんど内容は理解してないんだけど、ラップをするのが楽しいという感覚はあったんだと思います。 最初に買ったリップのCDは「グッジョブ!」。2005年、小学校6年生のときかな。そこで初めてベストアルバムという概念を知って「え、こんなに知ってる曲ばっかり入ってていいの?」って驚きました(笑)。付いていた歌詞カードで、お姉さんに書き写してもらったものじゃない歌詞も知って、自分でもラップを練習したり、メンバーのこともブックレットでやっと知って。そこでILMARIの写真を見たときの衝撃! 「世の中にこんなにカッコいい人がいるの!?」って(笑)。もちろんほかのメンバーも素敵なんだけど、ILMARIはもう信じられないぐらいハンサムでビビったなあ。次の年にリリースされたアルバム「EPOCH」も自分のお小遣いで買ったし、リップがテレビに出たら全部ビデオに録って「RIP SLYME出演集」みたいなVHSを自分で作ったりしてました。 その頃にはリップを聴いてる友達もいて、その子と一緒にリップの曲をラップしながら学校から帰ったり。当時はKICK THE CAN CREWも流行ってて、リップを教えてくれたお姉さんにキックも聴かせてもらったんだけど、キックは怖くてその頃はあんまり聴けなかった。リップみたいなユルッとメロディアスなフロウよりも、パキパキしたフロウで、声のアタックも強かったし、言ってることもなんか怖かった。「mama said~ハタラキッパ~」がすごく怖かったんだよなー。なんか「本当のこと言うじゃん!」みたいな(笑)。子供ならではの感覚だと思うんですけど。当時はラップを聴いてるっていうよりも、リップを聴いてるって感じでした。 ■ アジカンで歌詞に目覚めた中学時代、ゴッチの影響で歌詞は縦書き リップのほかには、大塚愛とかORANGE RANGEとか流行ってる音楽を聴いてたんだけど、中学に入ってASIAN KUNG-FU GENERATIONに出会って、一気にロックの方向に進みました。地元のコミュニティセンターの音楽室が、ピアノとかドラムが使えるようになってて、そこで友達がお兄ちゃんのギターを持ってきて練習していて、そのうち友達同士で演奏したりするようになったんですよ。そうやって一緒に遊んでた友達の1人が、アジカンの「フィードバックファイル」を貸してくれて、もう聴いた瞬間に覚醒!(笑) それまでロックバンドの音楽は全然聴いてこなかったんだけど、「フィードバックファイル」を聴いたときに「こんな音楽があるんだ!」って目覚めちゃって。1曲目の「エントランス」の「焦げ付くような午後のグラウンド 光る『君』という名のボール 届かないと分かって そして無力を知って」という一節が、歌詞であり、詩であることに感動して「……何これ! すご!」って。そこから歌詞をちゃんと聴くようになったかも。 ポエムは子供のときから自分でも書いてたんです。そのきっかけも「キングダム ハーツ」なんだけど、「キングダム ハーツ」に出てくるセリフがすごく詩的で「光に近づけば近づくほど影が大きくなる」とか……マジかっけえ!って(笑)。それで自分でもポエムみたいなものは書きつけてたんだけど、「詩を書く」「歌詞を聴く」ということの驚きは、アジカンを通して知りました。自分でも歌に乗せるための歌詞を書き始めてはいたんだけど、それは誰にも聴かせてはなくて、自分1人で書いて完結してました。どんな歌詞だったか? えーと、やっぱり好きな人のこととか(笑)。ノートは手元にあるから読み返せばわかるんだけど、覚えてはないな……でもゴッチの影響が強すぎて縦書きで歌詞を書いたりもしてました(笑)。あと……言葉を選ばずに言ってしまうと、アジカンのライブ映像を観たときに、「え、こんな眼鏡の人だったの?」って……本当にごめんなさい。そのときはそう思っちゃって。でも、こんなすごい音楽を鳴らせるんだ、音楽ってすごいと思ったきっかけがアジカンだったと思う。 そこからいろんなバンドのCDを聴くようになって、自分でもベースとギター、ピアノの練習を始めて。それまで楽器の経験はなかったから完全に手探りです。鍵盤を1つ飛ばしで一緒に鳴らすと気持ちいいとか。つまり和音とかコードなんだけど、それも自分で発見して(笑)。「これは……ヤバい発明しちゃった!」と思って、仲のいい友達にしか教えなかったですもん(笑)。それでバンドを組んで、アジカンの曲をコピーしたり。アジカンが練習してたのが私の地元にあるスタジオだったから運命感じちゃって、余計好きになりましたね。 アジカンはどの曲も大好きなんだけど、一番聴いてるのは「路地裏のうさぎ」かな。「絵画教室」も大好き。でも、アジカンの作品は最新であればあるほど好き。昔の曲も好きなんだけど、アジカンは常に最新が最高だと思うし、そう思わせてくれるバンドがいるのはすごくありがたいことだと思います。ゴッチに会ったことはまだないんだけど、最近SNSをフォローされたから一歩近付いた(笑)。 ■ 「私の本当の精神性はわかんない!」こじらせまくりの高校時代 初めて行ったライブはSHAKALABBITS。2010年のLIQUIDROOMでのライブ(「サラペのBUS TOUR」)だから17歳だったかな。実家が厳しかったから、あんまりライブには出かけられなかったんだけど、初めてライブに行って、初めてモッシュしました(笑)。それか日本マドンナのライブのほうが先だったかな……日本マドンナは私より2つぐらい上の同世代のバンドなんだけど、「幸せカップルファッキンシット」を聴いたときに「こんなに本当のことを歌う曲があったの!」って驚いて。それで新宿red clothに観に行ったのかな。だから中高は本当にロック少女だったし、高校のときは「パンク以外の音楽は全部ゴミ!」みたいな……ダサい!私!(笑) だから、あんまり音楽の話をする友達も高校のときはいなかったな。「あんな音楽を聴いてるやつに私の本当の精神性はわかんない!」みたいな……ロックでしょ?(笑) めっちゃこじらせてて恥ずかしい……これ、自分の音楽史を話すはずが、自分の黒歴史を話す企画になってないですか? そういう感じだったから、中学で一緒にバンドやってた子たちがポップなロックのほうに行っちゃったのをきっかけにバンドはやらなくなって。別の友達のコピーバンドに誘われて、ギターボーカルでちょこっと参加したぐらいかな。でも1人で作曲したり、作詞したりはしてて。その頃に作った曲はレコーディングはしてないんだけど、ノートには書き付けてあるし、自分の頭の中にはあって。すごくいい曲です(笑)。 ■ tofubeatsと“ちょっと好きだった人”をきっかけにラップの道へ 高校卒業の頃からプライベートが大変な状況になっちゃって、音楽からはしばらく離れてたんだけど、2013年に「ミスiD」に出たときにTwitterで「ラッパーなりてえ笑」みたいな感じでツイートしたら、それを主催者の小林司が読んでて「2014年の『シブカル祭。』でラップしてよ」と言われて。それで友達だったMamikoを誘って、chelmicoとしてステージに立ったんです。ラッパーになりたかったのは、当時ラップ熱が自分の中で高まってたから。いくつか要因があって、その1つはtofubeats。当時、Twitterでなんの面識もないtofubeatsにダル絡みしてて、メンションたくさん送ったり、勝手に「どーもーtofubeatsです」とか定期的に彼になりきってツイートするとかしてたんですよ……って、ウザすぎる! ホント、tofubeatsがかわいそう。今はレーベルメイトになれてよかった(笑)。そんなことしてたらtofubeatsから「明日神戸でMV撮るから来て」って連絡があって。それで撮ったのが「『Her Favorite feat.okadada』&『衣替え』」のMVだったんですよ。そのときに初めてtofubeatsとokadadaに会ったんだけど、移動の車の中でかかってたのが、BUDDHA BRANDの「人間発電所」。「俺はトラ・トラ・トラより DANGER」「気持ちがレイムじゃモノホンプレイヤーになれねえ」っていうリリックにビビッときて、「カッコいい! ラップしたい!」と思ったのがきっかけの1つ。 あと、当時ちょっと好きだった人に「Rachelはラップやったほうがいいよ」って言われて。彼はラップがすごく好きで、降神を教えてくれたりしたんだけど、その人に言われたから、私もラッパーになるしかない!と(笑)。だってラップが好きな、そして私が好きな人が言ってくれたんなら間違いないじゃん!って思ったんですよ。その人にlyrical schoolを教えてもらったのも大きかったかな。リリスクはアイドルなのにラップもしてて、すごく新しく感じたし曲も好きだった。それでライブにもけっこう行ってて。今のリリスクも大好き。 ネットラップはその前からけっこう聴いていて。私自身アニメが好きだったから、アニメっぽい内容もテーマになるネットラップは自分と親和性が高かったんですよね。それでネットラップをやってた友達から、GOMESSくんを紹介してもらって、ライブを観に行って友達になったんです。私も10代で、GOMESSくんも高校生で、まだ彼が「高校生RAP選手権」に出る前。それでGOMESSくんに「シブカル祭。」でラップするリリックを書いてもらったり。それからGOMESSくんの紹介でヒイラギペイジくんとも知り合って、その流れで「ラビリンス'97」のトラックを作ってもらったんです。そのときのオーダーが「リップみたいな曲よろしく!」だったのに、全然リップみたいな曲じゃなかったから、マミちゃんと「全然違うじゃーん」とかブーブー言ってた(笑)。でも、今のchelmicoにつながるのは絶対「ラビリンス'97」だし、そこでペイジくんは正解を出してくれてたんだなって。chelmicoができあがるまではそういう感じで。アニソンも好きだったんだけど、その話はまた今度(笑)。 ■ 今の生活のBPMがガバ 仲のいいミュージシャンは、Shin Sakiura。一緒にコーチェラ(Coachella Valley Music and Arts Festival)にも行ってるから、仲がいいって言っても大丈夫かな(笑)。家が近いのもあって、ミックスの話だったり、音作りのこと、最近の音楽事情とかも教えてもらってます。聴くジャンルが全然違うから、すごく刺激になるし勉強になる。で、音楽の話をしてから「スマブラ」で勝負したり(笑)。でもあんまり仲のいいラッパーとかミュージシャンっていないんですよね……友達はいるんだけど、「仲がいい」と自分から言うのがなんかおこがましく思っちゃって、あんまり言えないかも。あと、仲がいい人は表に出る人よりも裏方の人のほうが多い。竹中(夏海)とかテレビ東京の佐久間(宣行)さんとか、基本は裏方なんだけど、表にも出るっていう人に仲がいい人が多いかな。でもみんなミュージシャンじゃないからな……早くみんな曲出してくれればいいのに(笑)。 あと最近気になってる音楽は……クラブで爆音で聴くタイプの音楽。ジュークとかグライム、それからシンゲリとかゴム……。最近はそういう音楽が自分の中でメインになってるかな。自分の中でR&Bよりガバのほうがチルい感じがするし、私の生活のBPMがガバなんだと思う(笑)。ラッパーだと最近はralphさんが大好き。めっちゃカッコいいし、私もグライムでラップしてみたいなって。実はグライムとかドリルのトラックがあるんだけど、グライムって怒りの音楽だから自分の中に今怒りが足りなくて、ちょっと形にはできてない。もし作るとしたらソロになるのかな。chelmicoの音楽性とは違うと思うし、それにマミちゃんを付き合わせるのも悪いかなって。でも、もしマミちゃんが乗ってくれるなら覆面ユニットでやるかも知れないけど(笑)。 ■ chelmico RachelとMamikoからなるラップユニットとして、2014年にイベント出演を機に結成。2016年10月に1stアルバム「chelmico」を発表すると、奔放なキャラクターとポップなセンスが話題を呼び、企業CMなど引く手数多の存在に。2018年8月にワーナーミュージック・ジャパン内レーベルのunBORDEよりメジャーデビュー。2020年1月に配信リリースしたテレビアニメ「映像研には手を出すな!」のオープニングテーマソング「Easy Breezy」がスマッシュヒットを記録し話題を集めた。8月26日に3rdアルバム「maze」をリリースする。 ※記事初出時より一部表現を変更いたしました。

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