チャーチル像の受難、またもや大統領執務室から撤去
(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授) ジョセフ・バイデン氏が新大統領となったホワイトハウスの執務室から、英国のウィンストン・チャーチル元首相の像が消えた。ドナルド・トランプ前大統領が4年間、飾り続けてきた像である。このチャーチル像撤去の動きは、米英関係の新たな流れとともに、バイデン新政権の外交姿勢が前政権とどれほど異なっているかを象徴的に示しているとも言える。 【本記事の写真を見る】ホワイトハウスの大統領執務室でチャーチルの像を挟んで記念撮影するトランプ大統領と英国のテレサ・メイ首相(当時) 「たかが先人の像ひとつではないか」「バイデン氏は執務室にトランプ氏の痕跡を残したくないだけだろう」と見る向きもあるかもしれない。しかし、そうした見方は歴史の背景をあまりにも軽視した反応である。米国大統領の執務室に何が置かれているかには、やはりその政権の特徴を示す深い意味がある。しかもチャーチルという人物は米国の歴史において特別な重みがあるのだ。 ■ “特別な関係”で結ばれた英国と米国 バイデン大統領は1月20日の就任式の直後にホワイトハウス入りした。そしてその2日後の22日には、新大統領がホワイトハウスの中で最も長い時間を過ごすことになる執務室から、それまで置かれていたチャーチル像が消えた。もちろんバイデン氏が自らの考えに基づいて撤去したのである。
ウィンストン・チャーチルといえば、第2次世界大戦中にナチス・ドイツに敗れそうになった危機的状況の英国を勝利に導いた救国のヒーローである。戦後の世界でも、米国のルーズベルト、ソ連のスターリンらと並び立って世界の新秩序の形成を指導した。 チャーチル氏は母親が米国人だったこともあり、米国との絆は特に密接だった。戦後も米英連携の基盤構築を主導したのはチャーチル氏だった。英国と米国の間には「特別な関係(special relationship)」が何世紀も続いてきたが、チャーチルという人物はその象徴だとも言えた。 そんなチャーチルの像がホワイトハウスに初めて置かれたのは、約20年前である。 チャーチル像は、米国生まれで後に英国人となった彫刻家ジェイコブ・エプスタイン氏によって制作され、2001年に米国第43代大統領となったジョージ・W・ブッシュ氏に、英国のトニー・ブレア首相(当時)から贈られた。 この寄贈は、両国の歴代政権が米英を“特別な関係”として位置づけてきたことの再確認であり、9・11事件後の対テロ戦争で緊密に協力したブッシュ、ブレア両首脳の親密さの産物でもあった。ブッシュ大統領は早速このチャーチル像を自分の執務室に飾った。 ■ チャーチル像を撤去したオバマ氏 ところが、その8年後の2009年1月、バラク・オバマ氏が大統領に就任しホワイトハウス入りすると、チャーチル像を即座に大統領執務室から移してしまった。その代わりに飾ったのは、米国の黒人運動の指導者マーティン・ルーサー・キング師の像だった。