乳がんサバイバー夢野かつきさんがコミックエッセイ『乳癌日記』で伝えたいこと
毎年10月は乳がんの啓発月間として、乳がんの早期発見を呼びかけるピンクリボン運動が行われている。そんな中で、乳がんサバイバーである自身の体験にもとづいた実用的な情報をまとめ、同人誌を経て商業出版されたコミックエッセイが話題となっている。『乳癌日記』(廣済堂出版)で商業デビューを果たした漫画家の夢野かつきさんに話を聞いた。 【写真】商業デビュー前に制作した貴重なコピー本版や同人誌版の『乳癌日記』 ◆ ◆ ◆ 2015年に胸の痛みが気になり出し、検診を受けようにもどこも満員で、自治体から送られた無料クーポンをもとに見つけた診療所で受診し、乳がんの発見に至ったという夢野さん。乳がんが発見された時にはすでにステージ2B、リンパ節にも転移があった。 夢野かつき(以下、夢野)「それまで、乳がん検診を行ったことは一度もありませんでした。無料クーポンが送られてきても、面倒くさいとか時間がないなどの理由で先送りしてしまって、少し発見するのが遅かったと思います。治療は抗がん剤療法、腋窩リンパ節の切除手術、放射線療法、ホルモン療法といった流れで行いました。抗がん剤療法では、たまたま治験(臨床研究)に参加できて、自己限度額の範囲で高額医療を受けられたことも良かったと思っています。今現在もホルモン療法は続けています」 『乳癌日記』を出版するきっかけとなった作品は、中学生の頃から趣味で描いていた漫画を「描けなくなってしまうかもしれない」という不安を伝えるために描いたもの。2~3年かけて4冊の同人誌にまとめた内容に、描き下ろしや主治医との対談など交えて構成している。 夢野「治療中に一番不安だったのが、リンパ浮腫(がんの治療部位に近い脚や腕などの皮膚の下に、リンパ液が溜まってむくんだ状態)になることでした。もしもリンパ浮腫になっても、漫画を描くのに不都合がないかどうか、主治医に見せようと思って描いたんです。鉛筆で描いた漫画をコピーして見せると、先生がすごく喜んでくれて『こんなに喜んでくれるならもっと描きたい』と、描いてはインターネット上にアップしたものを同人誌にまとめ、イベント会場で販売していて今回のお話をいただきました」 診療所で細胞診を受けた結果を聞いた時は、さすがにショックが大きかったという。 夢野「一番最初に聞いた時は『えっ!』『違うと思うけど、どうなんだろう』と心配や不安ばかりが募りました。友だちに相談してみたり……。その後、大学病院で精密検査をして乳がんの診断が下ってからは『なってしまったものは仕方がない。頑張って治療しよう』と気持ちを切り替えました」 治療をスタートする前に不安だったという「仕事」「お金」についても早い段階で描かれる。 夢野「仕事が続けられるかどうかは一番の心配でした。一人暮らしで、何かあったら自分が困ってしまうので、できれば仕事は続けたいなと思っていました。あとは多額の治療費がかかった時に、十分なお金を用意できるかどうかも不安でしたね。いろいろ調べなければいけないと思って、がん保険と生命保険をかけていたので、どれくらい治療費をカバーできるのか保険会社に問い合わせました。それらに加えて、高額療養費制度(医療機関や薬局の窓口で支払う1カ月の医療費が上限額を超えた場合、その超えた額を支給する制度)があることを知って、これで何とかなるかもしれないと安心しましたね」 治療の内容や夢野さんの思いが、時系列に沿って分かりやすく描かれている『乳癌日記』。コミックエッセイなので、心身が辛い時でもスッと入ってきて読みやすい。 夢野「私自身は不安になるので余計な情報は調べませんでしたが、リンパ浮腫という言葉は知っていても、それが何かは治療中に初めて知りましたし、(抗がん剤の副作用として)吐き気があることは知っていても、それがどれくらい続くのかは分かりませんでした。私の場合は3日くらいで軽くなって、吐き気にもサイクルがあるんだなと知りました。これから体調や治療がどんなふうに進んでいくのか、がんになったことで何が起こったのかという出来事を中心に、少しでも読んだ人に伝わればいいなと思って描いています。情報量の多い入院や手術のエピソードは、4コマ漫画にしてすっきりまとめるなど工夫しました。リンパ浮腫については細かく描いたので、今困っている方に読んでほしいですね」 作中の夢野さんは、落ち込むことがあっても切り替えが早く、とにかく前向きに考えるところが印象的だ。闘病中、実際にはどのように気持ちが変化したのだろうか? 夢野「友だちにも指摘されましたが、実際に漫画の通りなんですよね(笑)。治療中に乳がんは他に転移しなければ治る病気だと分かって、そこまで暗く落ち込む必要はないと思いました。人生で大変なことってたくさんあって、その中のひとつが乳がんというだけ。不安に思ったことや悩んだことは何度もありますけど、いつまでも引きずることはなかったです」 主治医との対談では、最新の乳がん事情や医療技術についても解説される。 夢野「対談のつもりだったのですが、実際には先生のワンマンショーでしたね(笑)。治療中は自分に関係する情報しか聞けなかったので、分からないこともいっぱいあったけど楽しかったです。金額的にちょっと手が出ませんけど、オンコタイプDX(乳がんの再発に関する21種類の遺伝子について調べ、今後の再発の可能性と化学療法の効果の程度を調べる検査)は、今後や将来の安心のためにも面白い技術だと思いましたね。あとは入院中に持ち込んだぬいぐるみのカエルちゃんに、先生がノリツッコミするところもぜひ見てほしいです」 現在も2カ月に一度受診し、ホルモン療法は続けているというが、日常生活はどのように過ごしているのだろうか? 夢野「今は特に問題なく普通に仕事をしています。乳がんになる前に比べて、遊びに行ったりどんなことにも挑戦しようとしたり、いろいろなことを活発に行っていますね。自分がいつどうなるか分からないから、できるうちにできることをしていこうと思うことは増えました。乳房の再建についても、具体的に調べると後遺症があるかもしれないと聞いて、再建しなくていいんじゃないかとも考え始めています。私は一年に一度大学病院で検診を受けていますが、その他のがん検診は積極的に受けてみようかなと意識が変わりました。たとえ忙しくても、休みを利用して検診を受けたほうがいいと思います」 最後に、この本がどんな人に届いてほしいか、夢野さんからメッセージをもらった。 夢野「まず乳がんが発覚した人に、漫画で気軽かつ心穏やかに読めるので読んでみてほしいです。がんの悩みや苦しみばかりを訴える悲痛な本ではなく、もっと現実的な部分に目を向けていて、これからの生活の一助になると思います。同じく乳がんになった友人から『前もって流れを知っておくことで勇気づけられた』と言われ、主治医にも『この本は乳がん治療の指南書になるよ』とお墨付きをもらいました。 友人や知人が乳がんになったという人にもぜひ読んでほしいです。がんは苦しいものですが、ただ苦しいばかりで日々が過ぎていくものではありません。周囲が手助けできることや、本人がそれを必要としていることもあります。私自身も周囲の協力がなければ、仕事を続けながら治療することや、何より治療中の日々を笑って過ごすことはできませんでした。ただ遠目から心配するだけよりも、もっと具体的に何かできるかもしれない、と考えるきっかけになれればうれしいです」