お正月に観たい!『マグノリア』劇中曲のリレー歌唱と衝撃場面で世界を熱狂させた、PTAの傑作群像劇 ※注!ネタバレ含みます。
「トム・クルーズの映画」として売ることを拒んだPTA
※本記事は後半の3ページ目以降にネタバレを含みます。未見の方には鑑賞後の閲覧をおすすめします。 『マグノリア』は1970年生まれの監督、ポール・トーマス・アンダーソン(以下PTA)の長編第3作。40代前半までに世界三大映画祭すべてで監督賞の受賞を果たし、「若き巨匠」とも評されるPTAだが、『マグノリア』製作当時はまだそれほど名声があったわけではなかった。配給会社のニュー・ライン・シネマは当初、「トム・クルーズの映画」として宣伝することを望んだ。一方PTAは「これは群像劇だから」と拒否し、マグノリアの花弁上に主要キャラクター9人をほぼ均等に割り振ったポスターをデザインして、同様に予告編も自ら編集した。 このエピソードからは、プロモーションの方針に至るまで妥協しないPTAの強い作家性がうかがえる。ただし、自身の発想やスタイルに徹底的にこだわるタイプというわけでもなく、さまざまなアイデアを取り入れる柔軟な一面もある。たとえば、PTAは本作の発端について、「本を脚色して映画を作るように、エイミー・マンの歌を脚本に翻案するというコンセプトを思いついた」と語っている。一体どういうことだろうか?
エイミー・マンの楽曲に着想を得たキャラクターたち
エイミー・マンは1985年、ティル・チューズデイのボーカル兼ベース担当としてエピック・ソニーからメジャーデビュー。アルバム3枚を発表したのちエピックとの契約を解消、バンドも解散し、1993年からはソロのシンガーソングライターとして活動している。 PTAはエイミーと長年親交があり、『マグノリア』の準備を始めていた1997年の夏から秋にかけては、彼女の次のアルバム(2000年の『バチェラーNo.2』)用のデモ音源を聴かせてもらっていたという。たとえばその中の1曲『Deathly』は、「Now that I've met you / Would you object to / Never seeing / Each other again」(私たちは出会ったけど 二度と会わないと言ったら 反対?)という歌詞で始まるが、この曲の内容から薬物依存の女性クローディア(メローラ・ウォルターズ)のキャラクターが生まれた。彼女が警官ジム(ジョン・C・ライリー)とレストランで食事する場面では、先に引用した歌詞とほぼ同じ台詞を語らせている。PTAはさらに、「クローディアの物語は『マグノリア』の核心であり、本作のすべての物語はクローディアから派生して書かれた。だから、すべての物語はエイミーの頭から生まれたと言ってもいい」と語っている。 作中で最も印象的な使われ方をしている楽曲は、『Wise Up』だろう。本編が終盤に差しかかった頃、大きな失敗をしたり、行き詰まりを感じていたり、過去の行いを後悔したりしている9人が、エイミーが歌うBGMに合わせて、歌詞の一部をリレーのように歌い継いでいく。この曲は元々1996年のトム・クルーズ主演作『ザ・エージェント』に提供されたものだ。『Wise Up』の歌詞も同様に、PTAによるキャラクター造形に寄与した。具体的には、クローディアが歌う部分の詞は薬物依存、クイズ番組司会者ジミー(フィリップ・ベイカー・ホール)のパートは癌の罹患、元クイズ少年ドニ―(ウィリアム・H・メイシー)のパートは飲酒癖、アールの後妻リンダ(ジュリアン・ムーア)のパートは死にゆく夫の遺言と、それぞれリンクしている。